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連載小説【走れエロス】8/8
エレベーターの扉が開くと、髭男爵が店の前に立っていた。
「店には入れるな。客が動揺する」
「じゃあ、どうします?」
髭男爵がズボンのポケットからキーを取り出し、セイジに投げ渡す。
「トランクに放り込んでおけ」

再びエレベーターに乗せられ、背後からナイフを突きつけられる。
「ちょっとでもヘンな動きしたら、これでブスッといくぞ」
勝ち誇ったように、セイジが前に回ってきて、私の髪をグイッとつかんだ。
「さっきはふざけたこと抜かしてくれよったな。誰が女装したいって? あ?」
セイジの耳に、ピアスが光っていた。
「俺には女が3人もいてる。みんな俺のイチモツが欲しゅうて、ケツ振りながらおねだりしよるんや。そんな俺が、女装なんかに興味あるわけないやろ」
うしろのひとりが、それを聞いてクスッと笑った。
「おまえの女っちゅうても、ソープ嬢とかキャバ嬢ばっかりやないか」
「・・・なんやとコラ、もういっぺん言うてみい」
尋常でない目つきで、セイジが背後の男を睨みつける。
「じ・・・冗談やんけ。マジになるなや」
不穏なムードが漂い、エレベーター内が息苦しい沈黙に包まれた。

エレベーターを出ると、ビルの裏手にある駐車場へ向かい、セイジがそこに停めてあったクラウンのトランクを開けた。
「入れ」
「・・・どこ、行くの?」
「さあな、俺も知らん。けど、地獄であることだけはたしかや」

そこに、シンヤがぬっと現れた。怒りで、鬼のような形相になっている。
「おんどれら、ひかるを放せ」
「シンヤくん! こいつら、ナイフ持ってるから気をつけて」
前のふたりがナイフをかざし、シンヤを取り囲むようにゆっくり移動する。セイジが私の髪をつかみ、首筋にぴたっとナイフを押しあててきた。
「ナイフやったら、俺も持ってるで」
シンヤが薄笑いを浮かべ、ジーンズの尻ポケットからバタフライナイフを取り出し、器用に刃を開いて見せた。
「バカな真似はやめて。3人相手に勝てるわけないでしょ」
「ンなもん、やってみんとわかるかい」
「あほ! カッコつけてる場合か! それより早よ警察呼んできて」
「俺は、ポリとヤクザが大嫌いなんじゃ」
なんでこう、血の気の多い連中ばっかりやねん・・・

そのときだ。
髭男爵が拳銃を構え、ワゴン車の陰からひょっこり出てきた。
「兄ちゃん、ヤッパ捨てろや」
「ちぇっ、飛び道具とは卑怯なりぃ、ってか」
ナイフを、足元にぽとりと落とす。すかさずウエイターがそれを拾い上げた。

「ふん、ええ度胸しとるやないか」と、髭男爵がにやりと笑う。
「こう見えても族のアタマ張ってるからな。こんなんでビビってたら、気性の烈しい族の連中に示しがつかん」
「どうせ誰も見てへんのや。そこに手ェついて詫びを入れたら、おまえだけは許してやってもええぞ」
「けっ、冗談は顔だけにしとけや。誰がおんどれなんかに頭下げるかい」
「そうか、ほな死ねや」
「おーっと。その前に、周りをよう見てみろ」
シンヤが指笛を鳴らすと、いっせいにバイクの轟音が響き、強烈なヘッドライトが次々に点灯した。まぶしくて目が開けていられない。
「飛び道具を持ってるのは、何もおっさんだけやないで。俺の仲間が、あんたの心臓に狙いをつけてる。命が惜しかったらチャカ捨てんかい」
「そんなこけおどしが通じるとでも思ってんのか」
「あ、そ。ほんなら証拠見せたる。おーいタカ、チャカ1丁持ってきてくれや」
ひとりが歩いてきて、シンヤに何かを手渡した。
「いまどきの族はチャカくらい持ってるで。まあ、めったに使わんけどな」
グッと拳銃を突き出し、髭男爵の頭部に狙いを定めた。
「わ・・・わかった。銃を捨てる」

シンヤが歩いてきて、セイジをぎろりと睨みつけた。
「おまえ、さっきひかるを殴ったやろ。ちゃんと見とったんやで」
「・・・・・」
「抵抗できんやつしか殴られへんヘタレが」
ドスッとシンヤの拳がみぞおちにめり込み、セイジの目がくるりと裏返った。
「ほな行こか」
「うん・・・」
「どうした?」
ふてくされたような顔で突っ立っている髭男爵のほうを見た。
「秘密クラブで働くのを断っただけやのに、なんで殺そうとしたんですか」
「おまえが、大御所を怒らせたからや」
「たったそれだけの理由で?」
「おまえは、大御所の逆鱗に触れるようなことをしでかした」
「断っただけで逆鱗に触れるなんて、そんなムチャクチャな話ってある?」
「そうやない。うちのチーフと大御所は古くからの恋仲なんや。そのチーフが大御所に直訴した。俺がおまえをシャンゼリゼに入れようと企ててるから、なんとかそれをやめさせてほしいってな。ところがこれが見事に逆効果。大御所はおまえに烈しく嫉妬した。それで、おまえをなんとかシャンゼリゼに引き込み、言いがかりをつけて始末するつもりが、おまえがあっさり断ったもんやから話がややこしくなってしまった」
「・・・・・」
「さっきチーフが、わざとおまえを逃がそうとしてるのを見て問いただしたんや。あんな猿芝居、誰が見てもわかるからな。それで真相を知った」
「・・・チーフは、なんで私が秘密クラブに入るのを阻止しようとしたの?」
「一度入ったら、死ぬまで出てこれんからや」
「そんな、アホな」
「当たり前やろ。秘密厳守が売り物のクラブなんやぞ。男娼どもがホイホイ外出しとったら、顧客なんかひとりもおらんようになってしまうわ」
「じゃあ、年収1千万ってのは」
「有能な人材にだけ、ある程度の自由が与えられる。俺は、おまえがその適任者と睨んだ。その場合、もちろん報酬は支払われる」
「私に、何をさせるつもりやったん?」
「簡単にいうとスカウトやな。顧客の要望を聞いて、ぴったりの人材を全国から探してくる。おまえには、なぜか人を引きつける力がある。それを最大限に生かせば、シャンゼリゼの幹部として一定の地位を築ける」
「どっかのテロ支援国家やあるまいし、誰がそんなこと引き受けるか!」
「その場合は、死ぬまで顧客の慰み者として働いてもらうだけや」
「・・・やっぱりヤクザなんて、クズの集まりやね」
「違うな。俺らはただ、世の中のニーズに応えてるだけや。言い換えれば、世の中が俺らを必要としてる。つまり、クズは世の中のほうなんじゃ」
「そんなの詭弁や」
「まあ、今となってはそんなことどうでもええ。もうおまえとは二度と会うこともないやろう」

「行こう」といって、シンヤが私の肩に手を載せてきた。
「今日限りで、うちのグループは解散する。いつまでもこんなアホなことやってられんからな」
「解散って・・・ホンマにできるの? 拳銃まで持ってるのに」
「ああ、これか? よう見てみい。サバイバルゲーム用のエアガンや」
「・・・こんなもんで、本物のピストルに対抗したわけ?」
「バイクのハイビーム受けてたから、あいつらにはこれがオモチャのピストルってことはわからん。そこまで考えての行動や」
「賢いのかアホなのか、ようわからん」
「結果オーライじゃ。たまにゃこんな大バクチ打たなアカンときもあるわい」
hikaru3181-1.jpg
翌週、ルミ子ママのお店へ行くと、顔中に絆創膏を貼りつけたシンヤくんがスツールに座っていた。
「なんで、ここがわかったん!」
「ネカフェで女装関係のサイトを片っ端から検索してたら、この店の掲示板におまえの名前が載ってた」
「・・・その怪我は、どうしたん?」
「族を解散したんや。アタマとして、ケジメだけはつけとかんとな」

奥の更衣室から、とびっきり派手な衣装とメイクの明菜さんが出てきた。
「あ~らひかるちゃん、会いたかったわ」
「げっ!」
「ん? こっちのイカすお兄さんは?」
「あ・・・ああ。私のお友だち、シンヤくんです」
「いい男ねえ。私にも紹介してよ」
ヤクザに拳銃やナイフを突きつけられても動じなかったシンヤくんが、隣で完全に血の気を失っていた。

ふと見ると、カウンターの端っこに大きな花束が置いてある。
「ママ、今日は誰かの誕生日?」
「それが私にもようわからんのよ。さっき宅配の人が届けてくれたんやけど、差出人を見ても大御所としか書いてないし・・・きっと誰かのイタズラやね」
それを聞いて、私とシンヤくんが同時に固まった。

「大御所って、もしかして」と、明菜さんが怪訝そうな表情を浮かべた。
「さ、そんなことどうでもいいから、3人で乾杯しましょ」
かちんとグラスを鳴らし、ビールをひと口飲む。緊張していたせいか、なかなかビールが喉を通らなかった。

そこに、常連の女装さんが入ってきた。
「ひかるちゃん、おひさしぶり。先週来てたんやってね」
いちばん手前のスツールに座り、シンヤくんと明菜さんをチラチラ見てる。
「あら? ママ、その花束どうしたの?」
「ああ、これね。誰かのイタズラちゃうかって今話してたトコなんよ」
「そんな花、よう見つけてきたもんやわ」
「どういう意味?」とママ。
「濃い赤色のバラなんて、普通の花屋さんじゃ扱ってないもの」
「・・・・・」
「そのバラの花言葉はね、死ぬまで憎みます、よ」
「それホンマ? くそ・・・なんちゅう縁起の悪いイタズラしやがるんや」
ママがバラの花束をつかみ、ゴミ箱に放り込もうとして、一瞬手を止めた。花瓶から引き抜いたバラの花束から、赤い水がしたたっていた。束ねていたひもをほどき、おそるおそるカウンターに広げる。
ころん、と人間の指が出てきた。
「うわっ!」

明菜さんが白くふやけた指をつまみ上げ、丹念に眺め回す。
「これは、男の指やな。しかも、かなりでかいやつや」
心当たりは、ただひとり。
「ママ、配達人はどんなヤツやった?」
「・・・そういえば、宅配の人には見えんかったな。黒いスーツを着た若い男の人で、あ、そうそう、耳に金のピアスしとったわ」
「受け取り伝票、ちょっと見せてくれへんか」
「ここにあるけど・・・とにかく、早よそんなもん捨ててきてほしいわ」
それを無視し、明菜さんが受け取り伝票をじっくり調べる。

「店名と住所、それと差出人欄に大御所と書かれてるだけや。いや待てよ、裏側にちっちゃい字で何か書いてある。ええっと・・・ひ・か・・・」
読み上げるのを中止し、そのまま自分のバッグにしまい込んだ。
「明菜ちゃん、何が書いてあったの?」と、ママ。
「いや、何も書いてへんかった。こんな縁起でもないもん、早よ始末しとこ。俺が外のゴミ箱に捨ててきたるわ」
「明菜ちゃん、俺なんて言うたらアカンでしょ。けど、冷静に考えたら、やっぱり警察に連絡したほうがええかな」
「ポリなんか呼んだら根掘り葉掘り聞かれるで。それでもいいならどうぞ」
「・・・それはちょっと面倒やな。わかった、捨ててきて」

おしぼりで指をくるみ、明菜さんが立ち上がったので、私も一緒に立ち上がった。シンヤくんも同時に立ち上がる。
エレベーターの中で、3人とも無言だった。
1階に着いて出ようとすると、すかさず明菜さんが私たちを制止した。
「ここにいろ。俺が様子を見てくる」
10秒ほどして、明菜さんが戻ってきた。「ええぞ」

ビルの横にある大きなゴミ箱に、明菜さんがおしぼりを投げ入れた。
「さっきの紙、なんて書かれてあったんですか」
「・・・見んほうがええ」
「見せてください」
渋々、明菜さんが受け取り伝票を差し出す。
ひっくり返すと、下のほうに小さな文字でこう書かれていた。
《ひかるに黒薔薇の接吻を》
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

【2009/09/13 15:23】 | 小説 | トラックバック(1) | コメント(1)
連載小説【走れエロス】7/8
バイクにまたがり、シンヤがエンジンをかけた。ぐおん!
「うっるさ!」
「あほけ、この音がシブいんやないか」
「こんな深夜に爆音鳴らして、ドス持ったヤーサンが出てきてもしらんで」
「それがわかってるんやったら、早よ乗れ」
「でも私、こんな服着てるから」
「横座りしたらエエがな」
「そっか」
シンヤの胴に手を回し、後部座席に脚を揃えて腰かけた。

法定速度を順守しながら、改造バイクが深夜の国道を粛々と走る。
といっても、ふたりともノーヘルだし、マフラーもナンバープレートもない。お巡りさんに見つかったら速攻タイホだ。
「どこ行くんや」
「新地まで行ってくれる?」
「おまえ、もしかして新地でホステスやってんのか」
「ははは、まさか。ちょっと行かなあかんトコがあるんよ」
「こんな時間に?」
「まあね」

新地の歓楽街を目前にした場所で「ここでいい」といってバイクを降りた。
「何もこんなトコで降りんでも、新地まで行ったるのに」
「ここでいいねん」
バイクを降りると、客待ちしてるタクシーの行列のほうに歩いていった。
「シンヤくんも一緒に来て」
「言われんでも、ついていくで」

2時間ほど前、ここで乗ったタクシーと同じ形のものを見つけると、運転席のほうに回って「すいません」と声をかけた。
「おたくのタクシー、さっき暴走族に襲われてメチャクチャにされたでしょ」
「そうみたいやな。ホンマひどいことしよるで」
「その犯人がこの人です」といって、うしろに立ってたシンヤを指差した。
「お・・・おいおい!」と、シンヤが慌ててあとずさりする。
「私も共犯なんです。そやから、修理代を弁償しようと思って」
タクシーの運転手がぽかんと口を開け、私とシンヤを交互に見比べていた。

「窓ガラスを全部割っちゃったから、その修理代と運賃を払います」
根本さんからもらった封筒を取り出し、中から1万円札をひとつかみして、「これで足りますか?」といって運転手さんに差し出した。
「ち・・・ちょっと待って。ホンマに、あんたらがやったんか?」
「実行犯はこの人の仲間ですけど、私が暴走族を挑発したからこうなったわけで、そういう意味では私が主犯みたいなもんです」
「・・・・・」
「とにかく謝ります。ごめんなさい」
「ボクに謝ってもろてもなあ。被害に遭った乗務員は警察に行ってるし」
「シンヤくんも、そんなトコでボケ~っと突っ立ってんと、ちゃんと謝りなさい」
「あ・・・す、すんませんでした」
さらに札束をつかみ出し、運転手さんに手渡すと、その場をあとにした。

ネオン街に入ると、シンヤが慌ててあとを追いかけてきた。
「あんな大金、どうしたんや」
「修理代、あれで足りたやろか」
「十分すぎるわい。パッと見たとこ50万くらいあったんちゃうか」
「そうか、よかった」
「俺の質問に答えろよ。あの金、おまえのか?」
「いちおうね」
「・・・おまえが払う必要はない。あの50万は、必ず返す」
「いいって別に」
「そうはいくかい。男としてメンツが立たん」
「あら、私も男やけど」
「・・・とにかく、金は必ず返すからな。まあ、すぐにそんな大金払えんけど」

くるっと振り向き、シンヤの顔をまじまじ見つめた。
「返してなんかいらんよ。その代わり、もう二度とあんなことしないで」
「あんなことって?」
「みんなの迷惑になるような運転せえへんって約束して」
「そ・・・それは」
「あ、そ。しょせんその程度の男ってわけやね。ほいじゃバイバ~イ」
「ちょっと待ってくれ! わかった、もう二度とあんなアホなことはせえへん。約束する。そやから」
「そやから?」
「・・・俺と、ダチになってくれへんか」
「やだべ~。暴走族の友だちなんかいらんわい」
「もうせえへんって言うてるやないか。けど、バイクで走るのだけは大目に見てくれへんか。俺から走るの取ったら何も残らへん」
「まあ、それくらいやったら許したるか」
p0191.jpg
JUNのあるテナントビルのエレベーターに乗ると、シンヤもついてきた。
「ついてこんでいいってば」
「いいや、おまえが何と言おうと、俺はついていくで」
「今から行くトコ、ヤーサンのお店やけど」
「そんなもん、関係あるかい」
「とか何とか言うて、ホンマはビビりまくってるんちゃうの」
「あほけ!」

ドアの前に、数時間前に私が手をガブリとやったウエイターが立っていた。
チラッと見ると、歯型がクッキリついてる。
「オーナーがお待ちかねです。さ、どうぞ」といって、ドアを開けてくれた。シンヤがあとに続こうとして、ウエイターがすかさず制止した。
「失礼ですが、あなたは?」
「ひかるのダチや」
「・・・お友だちが一緒とは聞いておりませんが」
「今、聞いたやろが」
ウエイターが、怪訝そうな表情で私を見る。
「彼も入れてあげて。でないと、私もこのまま帰らせてもらいます」
「・・・わかりました」
ウエイターを睨みつけながら、シンヤが私のあとに続いた。

さっきより客数は増えていて、ずいぶん賑やかだ。ステージでは、ピアノの生演奏に合わせ、絢爛豪華なドレスを着た男性歌手がシャンソンを歌っていた。タコボウズの姿が見えない。きっと海に還ったのだろう。
ウエイターに案内され、いちばん奥のボックス席に通された。ふかふかのソファに体を沈め、ふたり並んで腰かける。飲み物のオーダーを尋ねてきたので、なんでもいいと答えた。
他のボックスでは、きれいどころが客にしなだれかかり、タバコに火をつけたり水割りを作ってあげたりしていた。

ぼんやり歌を聴いていると、ウエイターが高級ブランデーとグラス、アイスペールなど運んできて、てきぱきと水割りを作り始めた。このウエイターにも見覚えがある。タコボウズと一緒に私をつかまえようとしたヤツだ。
「なあひかる、ここ、高そうやな」
「心配せんでええよ。軍資金はたっぷりあるから」
「・・・すまん」
封筒には、まだ50枚ほど1万円札が残ってる。それで十分足りるだろう。
かちんとグラスを鳴らし、とりあえずふたりで乾杯した。

シャンソン歌手が歌を終え、まばらな拍手を受けながらステージから降りてきた。そのまま、私たちのボックスに向かって歩いてくる。
「失礼、同席させてもらいますよ」
スパンコールの派手な衣装に、ビシッと撫でつけられた髪、胸元から白い肌を大胆に晒し、大きなダイヤの指輪を両手の薬指に填めていた。男とも女ともつかぬ不思議な声で、年齢さえはっきりしない。
「あなた、可愛いわねえ」
「ありがとです」
「お連れの方は?」
「友だちです」
「そう、たのもしそうなお友だちだこと」
それにしても、髭男爵はいったいどうしたんだろう。呼びつけておいて、待たせるなんてサイテーだ。

「私はフランソワーズ、ときどきここで歌わせてもらってるの。あなたはシャンソンお好きかしら?」
「いえ、あまり聴いたことないです」
「シャンソンはいいわよ。きっとあなたも好きになるわ」
「はあ・・・」
このオッサン、いったい何者?

そこに、ようやく髭男爵が現れた。店の外からやってきたことから察するに、どこか食事に出ていたのかもしれない。ハンカチで汗を拭き拭き客席を縫うようにしてやってくる。近くまで来て、私たちの向かい側にシャンソン歌手がいることに気づいたのか、あわてて居住まいを正してお辞儀した。
「こんなところにいらっしゃるとは夢にも思わず、大変失礼いたしました」
・・・これは、どういうこと?
歌手風情にオーナーが頭を下げるなんて、なんかおかしくね?

「いいのよ。それよりあなた、また少しお太りになったんじゃないの?」
「はは、恐縮です」
シンヤのほうを見て、髭男爵の顔がにわかに険しくなった。
「ひかるくん、そちらの男性は?」
「友だちです」
ソファの背にふんぞり返り、シンヤが髭男爵をじろりと睨みつける。

「大御所、こんなところでは何ですから、どうぞ奥のVIPルームのほうへ」
「ここでいいわ。こちらのお嬢ちゃん、ひかるっていう名前なの?」
「はい、これからひかるくんと込み入った話をしようかと」
「込み入った話、ねえ」
見たことのない銘柄のタバコをバッグから取り出し、シャンソン歌手が流麗な手つきで1本引き抜くと、すかさず髭男爵がデュポンで火をつけた。

「さてはあなた、この子をシャンゼリゼに引き入れるおつもりね」
「さすが大御所、何もかもお見通しのようで」
優雅に煙を吐き出し、シャンソン歌手がまとわりつくような視線を送ってきた。
「ひかるちゃん、この人はね、あなたをシャンゼリゼというお店に雇い入れるつもりらしいの。あなた、こういうお店で働いた経験はおあり?」
「いえ、ありません」
「シャンゼリゼというのは、いわゆる秘密クラブ。政財界や芸能界、スポーツ界などから、そうそうたるメンバーが名を連ねてる。なぜそんなものを作ったかというと、こうした有名人にとって、スキャンダルは命取りになりかねないの。だから、一般人の入店を完全にシャットアウトし、場所さえ明らかにせず、秘密裏に営業されてる。知ってるのは、高額の会費を払ってる会員だけ」
「・・・そんなお店に、なんで私が」
「詳しいことは、オーナーにお聞きなさい」

髭男爵が、じろりとシンヤを睨んだ。
「その前に、部外者に席をはずしてもらいましょうか」
「俺は部外者なんかやないぞ。ひかるのれっきとしたダチなんじゃ」
ぽんぽんと髭男爵が手をたたくと、タコボウズがやってきた。
海に還ったんじゃなかったのか・・・

「こちらのお客さまがお帰りや。丁重にお見送りして差し上げろ」
「ふざけやがっ・・・」
髭男爵の手に、黒光りする拳銃が握られていた。
「おとなしく、立ってもらおか」
シンヤのことだ。相手が拳銃を持っていても反抗するかもしれない。

「シンヤくん、外で待っとって」
「けど、ひかる」
「私は大丈夫。ちょっと話を聞くだけやし」
「冗談やろ。こいつら拳銃持ってるんやぞ。話だけで済むわけないやろが」
「いいから、お願い、言うとおりにして」
「・・・わかった。そこまでひかるが言うなら、しゃあないわ」

シンヤが出ていくと、髭男爵がテーブル越しにグッと顔を近づけてきた。
妙に緊張する。
「有名人やからって、普通のバーに行けんわけやない。実際、そうしてる有名人のほうが圧倒的に多いからな。けどそれは、単に飲みに行く場合に限られる。有名人かって人間や、たまには羽目を外したくもなる。普通のサラリーマンなら、会社帰りにセクキャバやソープに寄って一発抜くこともできるが、有名人はそうもいかん。ホテトル嬢を呼んで楽しめば、そのホテトル嬢が有名人と寝たことを言いふらしよる。週刊誌に売り込むやつまでいる。それくらい、有名人ってのは窮屈な思いをしてるんや」
「・・・・・」
「それでも、女好きはまだマシや。運悪く写真誌にスッパ抜かれたとしても、魔が刺しましたと言えばそれで済むからな。男なら、それくらいあって当然やと思われる。けど、相手が男ならどうか。まさに大スキャンダルや。せっかく苦労して築きあげた地位が、あっという間に崩れ去ってしまう。実際、同性愛ということが発覚して、永久追放されてしまったプロスポーツ選手もいる。そんな人たちの切なる願いを叶えるため、俺らが秘密クラブを作った。これは民間企業じゃ絶対できん。裏社会に精通してる人間でないと、実現にはこぎつけんかったやろう。ヤクザは裏社会、そんな俺らやからこそ、なしえることができた。それに、政財界や芸能界に太いパイプがあったこともさいわいした」

すごい話を聞いてしまった。
たしかに、有名人の中にも同性愛の人はいる。あのフレディ・マーキュリーだって同性愛をカミングアウトしているのだから。

「顧客の中には、ニューハーフじゃなきゃアカンという人もけっこういる。だからってショーパブに行けるか? 行けるわけがない。そんなことをしたら週刊誌のかっこうの餌食にされてしまう。デリヘルも同様や。そういう連中は、自分にハクをつけるため誰それと寝たってことを平気でPRしよるからな」
「でも私、ニューハーフじゃありません。ちゃんとオチンチンついてるし」
「それがいいという顧客もたくさんいる。いやむしろ、ニューハーフより需要は高い。見た目は可愛い女の子やのに、股間には自分と同じモンがついてる。そんなところに魅力を感じるらしい」
「わからないのは、なぜ私にそんな話を持ちかけたかってことです」
「きのう、おまえの素性を調べさせてもらった。長田がおまえのケータイを持ってたからな。母親は3年前に他界、父親はおまえが13歳のときに離婚し、数年後に再婚。兄弟もなし。結婚もしてない。住んでるところは会社から1駅離れたところにある小さなワンルームマンション。仕事は事務機販売、メンテナンスなど。年収およそ450万。友人づきあいはあまりなく、週末の女装バー通いが唯一の楽しみ」
「・・・・・」
「なにより、おまえには独特の愛嬌がある。そして献身的や。うちの組のアホを助けるため、危険を顧みず単身ここに乗り込んできたくらいやからの。おまえなら、うちの顧客も十分満足してくれるやろう」
「ちょっと待ってください。そんな勝手にポンポン決めんとってほしいわ」
「年収は、おまえなら1千万や2千万は軽く稼げるはずや」
「無理です。私なんか、ぜんぜん可愛くないし」
「見た目の可愛さより、人柄のほうが重宝される。相手は美男美女がウヨウヨいる芸能界・財界で生きてるんや。そんなもんは見飽きとる」
「なんか、素直に喜ばれへんのですけど」
「おまえには不思議なオーラがある。うちの組の連中をはじめ、さっきのチンピラも、おまえに好意を持ってるようやったしな」
「シンヤくんとは、単なる友だちです」
「うちのチーフも、おまえのことが気になって仕方ない様子やった。不器用な男やからあえて口にはせんけど、見ていたらわかる」
「チーフって、あのタコボウズ?」
「ふふ、タコボウズか。うまいこと言うやないか」

年収1千万はたしかに魅力だ。それに、有名人を相手に働くというのも夢のような話ではある。でも、結局ヤクザに雇われることに変わりはない。
それに、この話には、何かキナ臭いものを感じる。

「身に余るありがたい話ですけど、やっぱり私にはできません」
「・・・断るつもりか」
「はい、申し訳ありません」
「それが、どういうことか、よぉく考えたほうがいいぞ」
「いくら考えても、答えは同じです。私は、小さな女装バーでつつましやかに楽しんでるほうが性に合ってるんです」

シャンソン歌手が、どんっとテーブルをたたいた。
「私たちの誘いを断ったおばかさんは、あなたが初めてだわ」
「・・・・・」
「この話を聞いて、そのまま帰れるとお思い?」
「・・・どういうことですか」
「生きて帰さない」
これだから、ヤクザなんて大嫌いだ。

隙を見てソファから立ち上がり、一目散に出口に向かって駆けた。
「チーフ、そいつを捕まえろ!」と、髭男爵が叫んだ。
巨体が、私の前に立ちはだかる。構わず押しのけて行こうとすると、両腕をぎゅっとつかまれた。
「お願い、逃がして」
タコボウズが一瞬ちゅうちょし、耳元でこう囁いた。「スネを蹴れ」
言われたとおり、タコボウズのスネを少し蹴った。
「あいてっ、このオカマ野郎!」
派手に転倒し、スネを抱えて転げ回る。タコボウズが邪魔で、ウエイターたちが追ってこれない。
ドアを開け、階段を駆け降りる。パンプスのヒールが高くて走りにくい。うしろから、ウエイターたちの足音が迫ってきていた。

1階に着くと、ちょうどエレベーターの扉が開き、手に歯型のついたウエイターが出てきて私に襲いかかってきた。
「この野郎!」
髪の毛を鷲づかみにし、そのまま押し倒される。
「痛い! 放せ、こんちくしょう」
3人がかりでエレベーターに押し込まれ、扉が閉まると同時に腹を殴られた。うずくまる私を強引に引き起こし、さらにもう一発、腹を殴られる。胃液がごぼごぼ出てきて、鼻の奥がつうんとなった。

歯型ウエイターが私の胸倉をつかみ、ものすごい形相で睨みつけてきた。
「おまえに敬語を使わなあかんかったことが、どんなにくやしかったか」
ひざで、太ももを思いきり蹴られる。
「ぎゃ!」
「このヘンタイ野郎が・・・俺はおまえみたいなやつが大嫌いや。男のくせにこんなかっこうしやがって、見てるだけでムカついてくるんじゃ!」
ぱん、ぱん、と平手で頬を殴られる。
「おいセイジ、もうやめとけ。エレベーターが着くぞ」

何年も女装してると、男性の考えてることが何となくわかるようになる。
男性の視点からでは、絶対に見えないもの。

「・・・セイジくん、ホントは女装したいんでしょ」
「な・・・」
「私たちに、過剰反応する人って、たいていそうなんよね」
「黙れ! 黙らんと・・・」
「ホンマに興味ない人は、そんな反応、せえへんもん」
殴りかかろうとするセイジを、あわてて2人が制した。
「セイジ、ええ加減にせえや。ほら、エレベーターが着いたぞ」
エレベーターのドアが、ゆっくり開く。
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【2009/09/04 22:01】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0)
連載小説【走れエロス】6/8
門の前に立ち、インターホンのボタンを押す。斜め上に、監視カメラのレンズが怪しく光っていた。
《誰や》
「ひかるです。扉を開けてください」
《・・・ちょっと待っとれ》
腕時計を見ると、ちょうど午前0時だった。

正門の横に小さな通用門があって、そこから甚平を着た男が顔を出してきて、あごをしゃくって入れと命じた。背をかがめて通用門をくぐる。
はやる気持ちを抑え、土蔵に向かって歩き出すと、甚平が「そっちやない」
「え?」
プレハブ小屋を指差し、じゃあなと言って母屋のほうへ去っていった。

ドアを開くと、天井にタバコの煙が立ち込めていて、中でヤスさんたちが全自動麻雀卓を囲んでいた。
「な・・・何よこれ」
「おう、帰ってきたか」といって、長田さんが屈託のない笑顔を向けてくる。
その横で、ヤスさんが気難しそうな顔で手にした牌を眺めていた。隣で根本さんが「ヤス、早よせえや」と急かす。もうひとりは私の知らない顔だ。
いずれにせよ、人命がどうこうという雰囲気じゃない。

「ほう、ちょうど12時やないか」と、長田さん。
本当は3分ほど超過していたのだけど、あえて言わずにおいた。
「・・・何やってんスか」
「見てわからんか? 麻雀に決まってるやろ」
「そうやなくって」
「ところで、ブツはちゃんと持ってきたんやろうな」
「・・・ここにあります」といって、ハンドバッグの中からビニール袋を取り出し、長田さんに手渡した。
「ご苦労やったの。冷蔵庫にビールが入ってるから、勝手にやってくれ」
な・・・なんなの、この緊張感のなさ!

ヤスさんの前に立ち、銜えていたタバコをもぎ取った。
「おいおい、何すんねん」
「人が苦労して袋を取り戻してきたってのに、これはいったいどういうこと?」
「ああ、それな。根本、説明してやってくれや」
ごくりとビールを飲み、根本さんが麻雀牌を睨んだまま話し始めた。
「おまえ、新地のJUNに行ったやろ。あそこはな、うちの組の直轄なんや」
「・・・・・」
「山本のことも聞いた。あいつはうちの元組員でな、何をやらせてもダメなやつで、ええ歳こいてパシリさえ満足にできん。それで風俗の店長やらせたんやけど、これまたぜんぜんダメ、店の女に手ェ出すわ、売り上げをチョロまかすわ、幹部連中もホトホト愛想尽かしてな。そんなとき、うちの若いもんがヘタ打ちよった。そいつが有望なやつで、なんとかムショに行かさんようにとポリの署長にかけあったら、代わりに何か手柄立てさせろって言うてきよって、じゃあ風俗店をどうぞってことになった。まあ、ようするにその程度の使い道しかあらへん男っちゅうわけや」
「・・・ってことはつまり、ヤマさんは、盗んだ麻薬をわざわざ盗まれた相手のところに売りに行ったってわけ?」
「ま、そういうことやな。相変わらずアホなやっちゃで」
「じゃあ、私の今までの苦労は、いったい何やったんですか」
「JUNのオーナーはうちの幹部や。あいつ、えらい感心しとったで。あのオカマちゃんはなかなか見所があるとか言うて、ベタ褒めしとった」
「だからって、こんなトコでのんびり麻雀してるなんて、あんまりです」
「山本がブツを持ち込んできた時点で、この件は解決してた。けど、それを伝えるすべがない。おまえのケータイはここにあるからの」
「・・・JUNのオーナーがここの幹部なら、私がJUNに行ったとき言うてくれればよかったんとちゃいますか」
「それはできん。山本がブツを持ってくるまで、あいつを信用させとかなあかんかったからな。でないと、そのままトンヅラされてしまうかもしれん」
「けど私、あそこのタコボウズに殴られたんですよ」
「敵をあざむくにはまず味方から・・・まあ、カンニンしたってくれや」
なんか、無性に腹が立ってきた。

麻雀牌をなぎ倒し、みんなを睨みつける。
「こんなに苦労して戻ってきたのに・・・ヤスさんを死なせてなるかと思って、さんざんな目にも遭ってきたのに、あまりにひどすぎるやないですか!」
「・・・ひかる、すまんかった」と、ヤスさんが神妙な顔で謝る。
「私は・・・ヤスさんのことが心配で、それで」
涙がぼろぼろ溢れ出てきた。

「ひかる、聞いてくれ。俺がバクチで儲けた金を全部渡すことで、この連中と和解した。それもこれも、みんなひかるのおかげや。きのう、おまえがああ言ってくれんかったら、俺はホンマに殺されていたかもしれん。ブツを取り戻すために奔走してくれたことも、俺は心の底から感謝してる」
「口では何とでも言えるよね。何が感謝よ。こんなところでのんびり麻雀なんかして、ちっとも説得力ないわ」
「他にすることがなかったんや。それとも、俺がギロチン台に縛りつけられてたほうがよかったか?」
「・・・・・」
「でもまあ、たしかにこれはマズかった。謝る。すまん」

ぽんと、根本さんが肩に手を載せてきた。
「俺も謝る。今までひどいことばかりして本当に悪かった。大量のブツをパクられて、頭がカッカしとったんや。まあこれは言い訳にしかならんが」
「俺も謝らせてくれ」と、長田さん。
「正直言うて、俺はおまえのことが好きやった。あ、ヘンな意味とちゃうで。なんちゅうか、裏街道を歩く者特有の親近感というか、世間から後ろ指をさされる者にしかわからん痛みっていうか、そんなものを感じたんや。もちろん俺らはヤクザやから、後ろ指さされて当然や。けど、おまえは違う。何も悪いことしてへんのに、ただ女のかっこうをしてるだけやのに、世間から蔑まれてる。そんなところにも好感を持ったんや。ひかるにすれば迷惑な話かもしれんけどな」

根本さんが立ちあがり、事務机の引き出しから私のケータイを取り出した。
「これは返す。約束やからな。それから、これは少ないかもしれんが、俺からの感謝の気持ちや。受け取ってくれ」
封筒に入れられた札束・・・いくら入ってるか想像もつかない。
「こんなもん、受け取れません」
「汚い金やと思ってんのか? まあそれは否定せんけど、どうしても受け取るのがイヤなら、どっかの慈善団体にでも寄付すればええ。とにかく、この金はおまえの自由にしろ。汚い金も、使いようによってはきれいな金になる。おまえなら、そうしてくれると信じてる」
「・・・わかりました。じゃあ、ありがたく頂戴します」
「あ、それから、これも」といって、大きな紙袋を手渡された。
「何ですか?」
「俺の女にたのんで、買ってきてもらったんや。おまえに気に入ってもらえるかどうかわからんけどな」
開けてみると、可愛いドレスとパンプスが入っていた。
「・・・ありがとう」

長田さんも、はにかみながらプレゼント箱を差し出してきた。
「俺はちゃんと自分で買うてきたぞ。ちょっと恥ずかしかったけどな、はは」
包装を解くと、シャネルの香水とネックレスが入っていた。
「こんなにしてもらって、私、何て言えばいいのか」
「ヤスにいろいろ聞いた。おまえは自分の危険を顧みず、ヤスを守ろうとしたんやってな。こんな極道モンでも、少しは人間としての心を持ってるつもりや。そんなおまえに、俺らはひどいことをした。これくらいして当然や」
「・・・・・」
「JUNのオーナーがおまえを待ってる。もしよかったら、行ったってくれ」
「なんで私を?」
「それは、本人に聞け」

ヤスさんが気まずそうにやってきて、頭をぼりぼり掻いた。
「俺は文無しになってもうたから、ひかるに何もしてやれん。すまん」
「いいですよ、そんなの」
「せめてものお詫びや。おまえにだけはホンマのことを言う」
「ホンマのことって?」
「長田、根本、シンジ、すまんがひかるとふたりだけにしてくれんか」

3人が出ていき、私とヤスさんだけが残った。
「俺が組のブツをちょろまかして横流ししてたのは、東京にいる弟のためや」
「・・・弟さんがいてらしたんですか」
「ああ。新宿のショーパブでニューハーフしとる」
「え!」
「弟といっても、血の繋がってない兄弟で、俺とは8つ違いや。俺が極道の世界に入ったとき、あいつはまだチュー坊で、女みたいにナヨナヨしとったからみんなにいじめられて、ある日自殺未遂を起こしよった。上級生の不良グループにマワされたんや。頭にきて、そいつら全員ブッ殺そうと思って家を出ようとしたら、あいつのかあちゃんが、俺にとっては義理の母親なんやけど、その人がこう言うたんや。あんたみたいな極道な兄がいてるからコウイチがこんな目に遭ったんやって。ショックやったよ。マジでな。そやから俺は、弟がいることを誰にも言わんことにした」
「・・・・・」
「で、弟は東京に引っ越した。あいつのかあちゃんが、俺と引き離したかったんやろな。けど、コウイチは俺のことを好いてくれてた。ときどき、俺に会うためにこっそり大阪に来てくれてたんや。嬉しかったけど、不安でもあった。弟と会ってるところを誰かに見られるかもしれんからな。だから、俺のほうから会いに行くことにした。去年の春からや。そのとき告白された。女になりたいってな。ニューハーフになりたくて、ショーパブでバイトしてるって言うんや。けど、金がないからオペができん。それに、女っぽくはあったけど、けっして美人やなかった。なんせ俺の弟やからな。それで、なんとかしてやろうと思った。タイで性転換させ、韓国で美容整形を受けさせた」

これには本当にびっくりした。そんな事情があったとは・・・
「でもヤマさん、いくら弟さんのためとはいえ、組のものを横流しなんてしなくても、手術代くらい出せたんじゃないの? バクチで大儲けしてたんでしょ?」
「あれはうそ。そうでも言わんと、あいつらを納得させることはできん」
「ってことは、通帳に入ってた1千万ってのは」
「横流しで儲けた金」
「ひっどーい」
「そう言うなや。とにかく、これで弟は絶世の美女になれた。もうこれで、誰もあいつをバカにしたりせんやろう」
「それで、本当に弟さんはしあわせなんやろか」
「・・・どういう意味や」
「綺麗事かもしらんけど、麻薬を横流ししたお金で整形したわけでしょ?」
「・・・・・」
「額に汗して働いて手術したほうが、ありがたみが違うと思う」
「俺は、こんなことしかしてやれん」
「弟さんは、それがどんなお金か知ってるの?」
「いや。弟には、組が経営するクラブのオーナーをしてると言うてある」
「もし、私があの袋を取り戻せてなかったら、ヤマさんが別のルートで売りさばいていたら、弟さんの大好きなおにいちゃんは殺されてたんですよ」
「・・・・・」
「言っちゃ悪いけど、義理のお母さんの気持ちがよくわかる。ヤスさん、あなたはカッとなったら前後の見境がなくなって暴走しちゃうんよ。それを、義理のお母さんは見抜いてたんやと思う」
「そう・・・かもな」
「弟さん、手術してから変わったりせんかった?」
「ああ。衣装代にどうしても50万いるから工面してほしいってなことを、たびたび言うようになった。昔はそんなこと絶対言わんかったのに」
「外見はきれいになったけど、心はすさんでしまった。ヤスさんのせいでね」
「・・・・・」
「愛情って、そんなもんやないと思うよ」

長田さんたちからもらったプレゼントを袋から取り出し、その場で着替えた。
「どう? 似合ってる?」
「すごくきれいや」
「このプレゼントには心がこもってる。だから、きれいに見えるんよ」
「・・・・・」
「私、もう行くね」
「行くって、どこに?」
「JUNのオーナーが、私を待ってるらしいから」
「そうやったな」
「ヤクザさんのことはよくわからんけど、その世界にはその世界のルールってもんがあると思うの。長田さんたちが和解に応じてくれたんなら、その恩義に報うべきやと私は思うな」
「・・・・・」
「ヤスさんのやさしさ、私はちゃんとわかってるつもり。でなきゃ、麻薬を取り返すために大阪中駆けずり回ったりしてへんよ」
「ひかる、また会ってくれるか」
「それは、やめといたほうがいいかも」
「・・・そうか」
ぎゅっと抱きしめられ、キスされた。

プレハブ小屋を出ると、長田さんと根本さんが庭石に腰掛け、タバコをプカプカくゆらせていた。
「遅かったやないか。まさか、中でチチクリおうてたんとちゃうやろな」
「あはは、まさか~」
「それにしても、ドレスよう似合ってるやんけ。見違えたで」
「ありがとう。大切にします」
「また来いよ、と言いたいトコやけど、こんなトコもう二度と来るんやないぞ」
「ふふ、誰がこんなトコ来たるかい」
「けっ、相変わらずやの。まあ、おかげで楽しかったわ」
「私も♪」
p0141.jpg
通用門を出て、高塀沿いに歩く。スカートがヒラヒラして気持ちいい。
ふと見ると、街灯の下に金髪の男が立っていた。
「ホンマに待ってたん?」
「当たり前や。ここで待ってるって、ちゃんと約束したやろが」
「物好きやねえ」
「そんなことより、どうしたんやその服」
「ヤーサンにもらってん」
「おまえ、やっぱりすごいわ!」
こんな気持ちになったのは、高校のときクラス一のカワイ子ちゃんから特大のバレンタインチョコを教室の中でもらって以来だ。
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【2009/08/28 22:37】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0)
連載小説【走れエロス】5/8
ドアを開けると、予想どおりウエイターが立ち塞がり、私の行く手を遮った。
構わず、勝手に入り込む。
「お客さん、困ります!」
中はけっこう広く、奥のステージにグランドピアノが置かれていた。ざっと見渡したところ、お客さんは20人ほど。団体もいればひとりきりの客もいる。カウンター席もあったが、そこに客はいなかった。珍客がやってきたとでも思っているのか、みんな好奇心たっぷりの目で私をジロジロ眺めていた。

うしろから肩をつかまれ、振り向くと、坊主頭の大男が立っていた。
「ここはおまえみたいな人間の来るトコちゃうで」
肩をつかむ手に、力が込められる。
「痛いなあ、離せよ」
タコボウズのスネを、思いきり蹴っ飛ばした。
「あいてっ! このガキ、下手に出てりゃ調子コキやがって!」
グローブみたいな手が飛んできて、私の頬を直撃した。耳の奥がキーンと鳴ってバランスを失い、ぶざまなかっこうで絨毯の上に倒れ込んだ。ミニスカートがめくれ、白いショーツがあらわになる。
「な・・・なんやねんちくしょう! 私はここに盗られたものを取り返しに来ただけやぞ。そやのに、なんでこんな目に遭わなアカンねん」
ボックス席のほうから、バカにしたような笑い声が聞こえてきた。

「他のお客さまに迷惑や。つまみ出せ」と、タコボウズ。
ウエイターが2人、両側から私の腕をつかみ、よっこらしょと抱え上げて店の外に連れ出そうとする。その手にガブリと噛みついてやった。
「痛てっ! こいつ、イヌみたいなやっちゃな」
もうひとりの男の手を振りほどき、大股でボックス席のほうに歩いていく。
「ヤマさんはどこ? ここにいるんでしょ!」
ウエイターにうしろから抱きつかれ、みぞおちに肘鉄をくらわす。
ブランド物のスーツを着た男性客が、薄笑いを浮かべながら私のほうを見ていた。その横で、ウェイトレスが蔑んだような目を向けてくる。
・・・どいつもこいつも、ムカつく!

いちばん奥のボックス席に、さっきの女とヤマさんが並んで座っていた。その向かい側にラウンド髭の太った男。ソファにふんぞり返り、咥えタバコのまま私を睨みつけていた。シルクハットをかぶったら、ナニゲに似合いそうだ。
「おまえか、これを持ってたというオカマは」といって、髭男爵があのビニール袋を持ち上げてニヤリと笑った。
「それを返せ! あっ・・・」
うしろから髪をつかまれ、グイグイ引っ張られる。さっきのタコボウズだ。
「このオカマ野郎、さんざん手こずらせやがって」
「くそ、放せ!」
肘鉄をくらわそうとすると、あっさり交わされた。その腕をつかみ、思いきりうしろ側にねじられる。「んぎゃ! お、折れる・・・」
「オーナー、こいつどうします? ちょっとヤキ入れときましょか」
「放してやれ」
「・・・え?」
「こいつの目ェ見てみい。こんなキラキラ輝く目ェ見たんは、ひさしぶりや」
「はあ・・・」
「それに比べて、山本、おまえの目は腐り切っとるのお」
ヤマさんが、信じられないという顔で髭男爵をマジマジ見つめていた。

髭男爵の隣に座らされ、ヤマさんとにらめっこする。
隣で、リサちゃんが敵意むき出しの視線を向けていた。
ちらっと時計を見ると、午後11時37分・・・あと23分しかない。

「こんなもの、どこで手に入れたんや」と、髭男爵。
「どこでもいいでしょ。とにかく時間がないんです。早く返してください!」
「これがおまえのもんっちゅう証拠はあるのか」
「ないよ! けど、それを12時までに持っていかんと、私の友だちが殺されてしまうんです。お願いです、あとでどんな仕打ちでも受けますから、今すぐそれを返してください!」
髭男爵が、ダイヤが百個くらいついたロレックスをチラッと眺めた。
「あと、22分しかない」
「だから急いでるんですってば。もう、こんなことしてる場合やないのに・・・」
「どこまで持っていくんや」
「言えません。でも、ここからタクシーで10分くらいのところです」
「ふーん、走れメロスか」
ここにもひとり、太宰治の読者がいた。

「わかった。これは返す。その代わり、あとで必ずここに戻ってこい」
「え? ホンマに?」
「ち・・・ちょっと金村はん、そりゃないわ。話が違うやないか」と、ヤマさん。
髭男爵が、ギロリとヤマさんを睨みつける。
「おまえごときがこんなもん手に入れられるわけないと思とったら、なるほどそういうことか。相変わらず下司なやっちゃのお、山本」
リサちゃんが、意外な展開に目を白黒させてた。

「おまえ、名前は?」
「本名は言えません。女装の世界では、ひかると呼ばれてます」
「そうか。ひかるちゃん、男と男の・・・いや、男とオカマの約束や。あとで必ず戻ってこい。わかったな」
「はい、ありがとうございます!」
「金村はん、そりゃ殺生やわ。ほんならヤクの代金はどうなりまんねん」
「どのみち、おまえに金なんか払うつもりはなかった。飛んで火にいるナントヤラ、ヤクさえ受け取ったら、ここからつまみ出すつもりやったんや」
「そ・・・そんな」
リサちゃんの目が、みるみる怒りの炎に包まれていく。
「ちょっとヤマさん、話が違うやんか。一緒にハワイ行く話はうそやったん? 向こうのコンドミニアムでのんびり暮らす話はどうなったんよ!」
「あ・・・そ、それは」
「ヤマさんの言うこと信じて、私キャバクラやめたんやで。その責任どう取ってくれるのよ。何とか言いなさいよ、ねえってば!」

髭男爵が苦笑しながらウインクを送ってきた。
「さ、時間がないんやろ。早よこれ持って、友だちんトコ行ってこい」
ぽん、と投げ渡された。
「うん、そうする。ありがとうね、髭男爵さん」
「ひげ・・・男爵?」
「ふふ、ルネッサ~ンス♪」
p0065.jpg
大急ぎで店を飛び出し、タクシーを拾うため大通りに出た。北新地周辺はタクシーの通行が制限されている。
ずらりと並ぶタクシーの中から、いちばん安いタクシーを選んだ。
「すいません、○○町まで」
「○○町でしたら、A交差点を通っていかはります?」
「それでいいです。急いでるんで、なるべく早くお願いします」
時計を見る。午後11時48分。あと12分しかない。

A交差点に入ったそのときだった。いまどき珍しい暴走族がけたたましい騒音を撒き散らしながらやってきて、あろうことか私の乗ってるタクシーの前で蛇行運転を始めた。
「こいつら、暖かくなってきたら出てきよりますんや。今日は金曜やさかい、えらいぎょうさんいてますわ」
「急いでるんです。なんとか追い抜くことできませんか」
「そんなことしたら何されるかわかりません。ここはおとなしゅう回り道したほうがよろしいで」
「そんな時間・・・ないんです!」
「そう言われましてもねえ」

矢も盾もたまらず、窓を開けて大声で叫んだ。
「うらぁ! おまえら邪魔なんじゃ! さっさと道あけんかい!」
「お・・・お客さん、なんちゅうことを」
「運転手さん、このまま突っ切ってください」
「ひぃ~、冗談やないで。なんでボクがこんな目に・・・」

数台のバイクが近づいてきて、タクシーの周りをグルグル回りながら恫喝してきた。「今叫んだんはおまえか。ぶっ殺すぞコラ!」
「人の命がかかってるんです。たのむから邪魔せんとってください」
「なんやこのオカマ、ワケわからんこと言うとったらボコるぞ」
「だから、人の命がかかってるって言うてるやろ!」
「じゃかぁしい!」
バイクのうしろに乗っていた男が、金属パットでタクシーのフロントガラスをたたき割った。続いてサイドミラーをたたき落とす。
「うわっ!」
たまらずタクシーが停車した。バイクが取り囲み、ガラスを片っ端からたたき割っていく。
「もう、ムチャクチャや~!」
運転手さんがドアを開けて逃げていった。私も逃げようとしたけど、ドアが開かない。ドアロック部分にプラスティックカバーがかけられていたので、それを取り去り、あわててドアロックを解除する。がしゃーんという音がして、窓ガラスの破片が飛んできた。

「おらぁ! 逃げるなコラ!」
もし時間に遅れてヤスさんが死んだら、こいつらのせいだ。
「どけ。邪魔するな」
「なんやとこのオカマが。このまま無事に済むと思っとんのか、あ!」
もう、完全にキレた。

いちばん近くにいたヤツの鼻っ柱に頭突きして、次の男を睨みつける。
「な・・・なんやこいつ、やる気か。おもろいやないけ」
グイッとビニール袋を突きつける。
「これが何か、わかるか」
「・・・・・」
「覚せい剤・・・と思う。これだけで5千万くらいするそうや」
「そ、それがどうしたっちゅうねん」
「12時までに、これを持っていかんかったら、私の友だちが殺される」
「そんなもん、俺らに関係・・・」
「関係ないわな。そんなことわかってるわい。とにかく私は、これを届けなあかん。そのあとでいくらでも相手したるから、邪魔せんとってくれ」
「・・・それ、ホンマに覚せい剤なんか」
「うそついてどうなる。私の友だちが殺されたら、おまえらのせいやぞ!」
「わかった。なんやようわからんけど、俺のうしろに乗れや」
「え?」
「ダチが殺されるんやろが。早よ乗れ!」

すべての信号を無視して、夜の街を暴走バイクが疾走する。
「どこに行けばええんや?」
「○○町の交差点ってわかる?」
「ああ、知ってる」
大声で話さなければ聞こえない。すごい爆音で、耳がおかしくなりそうだ。

「おまえ、名前は?」
「ひかる」
「俺はシンヤ。こう見えても族のアタマ張ってるんやで」
「あ、そ」
「ちぇっ、ガッカリさせてくれるリアクションするなあ」
「だって私、そんなんぜんぜん興味あらへんし」
「そりゃまあ、そうか」
「あと何分くらいで着く?」
「そうやな、5分もあったら着くやろ」
「それじゃ間に合わん。もっと飛ばして」
「おいおい、無理言うなよ」
「こうなったのも、あんたらのせいなんやで。もっと責任感じてほしいわ」
「わかった。ほんなら思いっきり飛ばすから、しっかりつかまってろ」

交差点を曲がり、住宅街を突っ切ると、やっとあの高塀が見えてきた。
「あそこの角で降ろして」
「おまえ・・・なんかすごいな」
「何が?」
「ここ、ヤーサンの本拠地なんやろ?」
「うん」
「・・・ここで待ってる」
「いいよ、別に」
「おまえに何かあったら大変やないか」
「何もないない」
「やっぱり、おまえすごいわ」

バイクを降り、すぐさま時計を見た。午後11時58分。ぎりぎりセーフ♪
「送ってくれてありがとう」
そういって、手を振りながら門のほうに駆けていった。
「俺、ここでずっと待ってるからな」
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【2009/08/21 22:14】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0)
連載小説【走れエロス】4/8
ヤマさんがニヤニヤしながらこっちを見ていた。
「布団敷いてるの? 言ってくれたら、ぼくがしてあげるのに」
積み上げた布団を広げながら、ヤマさんがクスクス笑う。
「今日は、ずいぶん積極的やね」
ち・・・違います!

手にしたビニール袋を背中に隠し、ジワジワ出口に向かった。
「おっと、逃がさないよ」
ヤマさんが大股で歩いてきたかと思うと、ひょいとお姫様抱っこされた。
布団に寝かされ、両手を抑えつけられる。キスしようと顔を近づけてきたので、思わず首をひねって抗った。
「やめてください」
「ふふ、体のほうは素直に反応してるよ」

キャミソールを持ち上げ、ブラをずりあげて乳首を強く吸われた。
「あうっ」
「ほぉら、こんな硬くなってる」
クリクリと指先で転がされ、逃げようともがいてると、ヤマさんの頭がだんだん下に降りてきて、ショーツの上から直接舌を這わせてきた。ぴちゃぴちゃという、いやらしい音が響く。
股間のモノが極限まで膨張したことを確認すると、前歯でショーツを咥え、ゆっくり下に降ろされた。あらわになった私の「男の子」をじっくり眺め回し、手を使わず器用に呑み込んでいく。
「・・・あっ、あっ」
ヤマさんの頭が私の下腹部で上下するたび、女のような喘ぎ声が私の喉から溢れ出し、それがいっそうヤマさんを刺激した。ももの内側の肉をぎゅっとつかみ、爪を深々と食い込ませてくる。抵抗する気など、完全に失せていた。

両脚を持ち上げられ、無防備な蕾にそっと舌が挿し込まれる。全身の筋肉が弛緩し、内臓がじわじわ熱を帯びていった。体内を蹂躙される予感に、皮膚の感度が一気に頂点に達し、ぴんと体がのけぞる。
ぐったりしている私を満足そうに眺めながら、ヤマさんが服を脱いでいく。脱ぎ終えると、枕元に置いてあったローションを手に取り、私の蕾にたっぷり塗り込んだ。指を2本挿し込み、前立腺を直接刺激してくる。
「んああっ!」
もう一方の手で私の胸をつかみ、ものすごい力で握りしめてくる。痛くて暴れると、スッと力を抜く。それを何度か繰り返されるうち、私の意識はシャボン玉のようにはじけ飛び、早く入れてほしいという熱望に変わった。

「これを入れてほしいか」といって、猛り狂う自分のモノを誇示する。
「・・・入れて」
「じゃあ、舌を使ってきれいにしろ」
引き起こされると、髪をつかんで股間に顔を押しつけられた。
「もっと舌を使って。そう、そうや。ああ、気持ちいい」
猫のように体を丸め、無心に頭を上下させる。
ヤマさんの指が私の蕾に押し入ってきて、乱暴にかき回された。
「さあ、コンドームをつけて」
コンドームを手渡され、それをヤマさんのモノにかぶせた。

腰を引き起こし、四つん這いにされると、うしろから一気に貫かれた。
「ぎゃっ!」
逃げようとする私の腰をしっかり固定し、容赦なく打ちつけてくる。
「お願い、抜いて」
「すぐに気持ちよくなるから、我慢しなさい」
たまらず身をよじってヤマさんから体を引き離し、おしりに手を当てて痛みに耐えていると、すかさずヤマさんが乗っかってきて、今度は前から挿入してきた。両脚をぐいっと広げ、ぴったり腰を密着させる。
「痛い、痛い!」
スーッと腰を引いたかと思うと、先端だけを残して止まり、また深々とめり込ませてくる。焦らすように、ヤマさんはその動作をゆっくり繰り返した。
「あうっ、あうっ」
「ほうら、だんだん気持ちよくなってきたやろ?」
ヤマさんのいうとおり、痛みが消えていくのと反比例するように、徐々に快感が襲ってきた。全身の血液がごうごうと音を立て、内臓の奥深く侵入してきた異物をすっぽり包み込む。五感は極限まで研ぎ澄まされ、ちょんと触れられただけで体に電気が走った。

「ああ、もう限界や・・・ひかるちゃん、行くよ、行くよ!」
深々と挿し込まれたヤマさんのモノが私の中でみるみる膨張し、リズミカルな脈を打ち始める。おっぱいを握る手に力が加わり、痛みと快感の狭間で、たまらずあごが天井を向いた。汗の臭いの充満する部屋の中、烈しい吐息だけが交錯していた。
pe0045.jpg
布団の上でぐったりしてると、ヤマさんがタバコを銜えながらこう言った。
「ん? この袋は何?」
恍惚としてる私の目の前に、ビニール袋が突きつけられる。
「・・・あ、それは!」
「まさか、これ」
「小麦粉です。ホットケーキ作ろうと思って、ここに来る前に買っといたの」
「ふーん、小麦粉ね」
「返して」
「もちろん返すよ」

ビニール袋をもぎ取り、しっかり胸に抱いて寝がえりを打つ。
「じゃあ、あの3人にバトンタッチするか」
「え?」
ドアの隙間から、3人の顔がトーテムポールのように一列に並んでいた。

「せっかく来たんや、きみらも楽しんでいきなさい」
「え? いいんスか」
「いいも何も、ここはそういう場所なんやから。さあ遠慮はいらんよ」
ちょ・・・勝手に決めないでほしいよのさ。

たっぷり2時間ほど、3人から徹底的に責められ、ぼろ雑巾のようになってしまった。おしりがヒリヒリする。おっぱいも痛い。シャワーを浴びたいけど、とても歩ける状態じゃない。
「お願い、飲み物持ってきて」と、傍にいた男性に声をかけた。
「何がいい?」
「冷たいビール」
「ちょっと待ってて、俺がおごってあげるよ」
男性が出ていくと猛烈な睡魔が襲ってきて、そのまま意識を失ってしまった。

目が覚めると、隣の布団でカップルさんが励んでいた。
枕元に、ぬるくなったビール。
・・・今、何時だろう。
脱ぎ散らかした下着を身につけ、キャミソールとミニスカートを穿くと、おぼつかない足取りで談話室に入っていった。
「今何時?」
「あらひかるちゃん、やっとお目覚め? えーと、今10時ちょっと過ぎよ」
常連の女装さんが、思わせぶりな視線を送ってきた。
「4人も相手したそうやないの。相変わらずお盛んだこと」
「・・・そうや、あの袋は?」
「え? 何?」

急いでヤリ部屋に戻り、ビニール袋を探す。ない、どこにもない!
「ねえ、ここでビニール袋見なかった?」
「今、忙しいの。あとにしてちょうだい・・・ああん♪」
きびすを返して談話室に戻り、さっきの3人組のひとりに詰め寄った。
「ビニール袋、隣の部屋にあったの知らない?」
「ああ、それやったら、ヤマさんが持って出たのを見たよ」
「うそ!」
「俺、ずっとひかるちゃんの横で寝てたんや。そしたらヤマさんが来て、誰かが踏んで袋が破れでもしたら大変やって言うて持っていきはったわ」
「ヤマさんはどこ?」
「さあ・・・もう帰ったんとちゃうか」

くしゃくしゃの髪のまま、ママのところへ行く。
「ねえ、ヤマさんの連絡先わかる?」
「なんやのその髪、ボッサボサやんか。あははは」
「お願い! ヤマさんの連絡先教えて」
「メアド?」
「できたら電話番号が知りたいんですけど」
「うーん、お客さんのプライバシーを簡単に教えるわけにいかんしなあ」
「人の命がかかってるんです」
「じゃあ、店の電話でかけるから、ヤマさんが出たら換わったげる」

はやる気持ちを抑えつつ、電話がつながるのを待った。
「あ、もしもしヤマさん? なんかひかるちゃんが用事あるんやって。うん、そう。ちょっと待って、今から換わるから」
もぎ取るように受話器を受け取り、耳に押しあてる。
《やあ、ひかるちゃん。さっきはどうも》
「あの袋、ヤマさんが持っていったんでしょ。なんでそんなことするのよ」
《あんなもの、きみが持っていたらろくなことはない。ぼくがしかるべきところに持ってってあげるから安心しなさい》
「今、どこにいるの?」
《残念やけど、それは言えんなあ》
「返して! あれがないと、私困るんです」
《だから言ったでしょ。あんなものはきみが持つべきやないって》
「人の、人の命がかかってるんです! お願い、返して」
《きのうのユニークな子のこと? 悪いことは言わん、ああいう人とはあまり関わらんほうがいい》
「ヤマさんには関係ないでしょ! 早く返してください」
《この電話は、もう使えなくなる。今から川に投げ捨てるからね》
「なんで・・・」
《軽く見積もって5千万。それを売りさばくルートを、ぼくは知ってる》
「やめて、そんなこと」
《さっきのセックス、すごくよかったよ。最後にいい想い出をありがとう》
「待って! お願い、何でもします、だから、だから」
《・・・・・プツン》
切れちゃった・・・

「どうしたの?」と、ママ。
詳しいことを話すわけにはいかない。
「ヤマさんが、私の大切なものを持っていっちゃったんです。今夜中になんとか取り戻さないと・・・ヤマさんの住所知ってたら教えて、お願い!」
「悪いけど、住所どころか本名さえ知らないのよ。こういうお店は、お客さんのプライバシーに触れないってのがセオリーやからね」
「些細なことでもいいんです」
「うーん・・・そういえば、あの人たしかミチコちゃんとつきあってたことがあったわね。ミチコちゃんやったら、何か知ってるかもよ」
「ミチコさんと、連絡取れます?」
「最近うちに来てへんし、こんな時間やから、ちょっとかけにくいなあ」
「お願いします!」

お店の電話からかけると、すぐミチコさんが出た。こんな遅くにかけるなんて非常識だけど、金曜の夜というのがさいわいした。
受話器を押さえながらママがこう言った。「今、ハーフレディにいるそうよ。ここから歩いて10分くらいやから、直接言って聞いてみたら?」
「わかりました。ママ、勘定お願い」

急いでハーフレディに行くと、ミチコさんが3人の女装さんと談笑していた。
「あらひかるちゃん、おひさしぶり」
「すいません、あまり時間ないんです。ヤマさんのことをちょっと聞きたくて」
「なんやの急に・・・あの人のこと、あまり話したくないのよね」
「そんなこと言わないで、お願いします。人の命がかかってるの!」
「聞きたいって、何を」
「あの人の住所とか、勤務先とか」
「知らない。この世界はプライベートに踏み込まないってのが基本やから」
もうダメだ・・・いったい、どうしたらいいの。

「なんか、ただごとやないみたいね」
「・・・・・」
「ちょっと向こうへ行って話をしましょう。実はすごい秘密知ってるんだ」
そういって私の手を引き、奥のボックス席に連れていかれた。

「今から話すことは、絶対口外しないって約束する?」
「・・・はい」
「あの人ね、元ヤクザなのよ。といっても下っ端だったらしいけど。刺青もないし、指もちゃんと10本揃ってるから、見た目だけじゃわかんないけどね」
「それって、本人から聞いたんですか?」
「あの人が行きつけにしてる高級クラブに一度だけ連れてってもらったことがあるのよ。そしたら、そこのオーナーがやってきて、こいつは元ヤクザで、風俗店の雇われ店長をしてたって教えてくれたの。その店にガサ入れがあって、風営法違反でワッパかけられて、トカゲのシッポ切りされちゃったんだって。ようするにお払い箱ってわけね」
「・・・ってことは、そこにいるかもしれない」
「やめといたほうがいいわよ。なんか高そうなお店やったし、ヤクザが出入りするようなお店やからね」
「場所はどこ?」

タクシーに乗り、北新地の高級クラブ「JUN」の扉を開けた。
すかさずウエイターがやってきて「申し訳ありません。ここは会員制になっておりまして」と、体よく追い返されてしまった。無理もない、こんなかっこうで来たら、高級クラブでなくても追い返されるに決まってる。
仕方ない、ヤマさんが出てくるのを待つか。
でも、ここにヤマさんがいるとは限らない。時間は午後10時45分。あと1時間ちょっとしかないというのに、こんなことをしていていいんだろうか。

はやる気持ちを抑えつつ「JUN」のドアを監視していると、1台のタクシーが停まり、中からヤマさんが水商売風の女性と一緒に出てきた。
「ヤマさん!」
「あ・・・ひかるちゃん。なんでこんなところに」
「何よ、このオカマ」と、ケバいおねえさん。
おねえさんを無視し、ヤマさんの前に立ってジロリと睨みつけた。
「返してください」
「いったい、何のこと言ってるのかな」
・・・もう、完全にアタマにきた。

「いい加減にしろよ。なんやったら警察呼んだろか。ボディチェックされたら困るのはそっちのほうやで」
「・・・・・」
「ちょっとぉ、こんなオカマほっといて、早よお店に入ろ」
「うっさいわブス。関係ないヤツは黙っとけ」
「んま! なんやの失礼ね」
「・・・リサちゃん、先に店入っといてくれるか。ちょっと彼女と話があるんや」
「彼女? アホちゃう? こいつ男やんか」
「オカマで悪かったの。そのでっかいケツ蹴っ飛ばされる前にサッサと消えたほうが身のためやぞ。今めちゃくちゃ頭にきてるんやから」
「・・・なんか、ムカつく!」
「ええから、リサちゃんは店に入っときって、ほら」

リサちゃんがいなくなると、ヤマさんが大きなため息をついた。
「参ったな。なんでここがわかった?」
「そんなことはどうでもいいから、あの袋、早く返して!」
「しっ! あまり大声出すなって。ホンマに警察が来たらどうするんや」
「だったら!」
「わかったわかった。返すから、ちょっと落ち着きなさい」
手をつかみ、グイグイ引っ張っていかれる。

堂島川に沿った遊歩道を歩きながら、ヤマさんがタバコを差し出してきた。
「そんなものいりません。早くあれ返して」
「・・・なあひかるちゃん、半分ずつにするってのはどうや」
「ダメです。これを持っていかんと、私の友だちが殺されるんです」
「きのうの彼女か。スジもんやとは思ってたけど、なんかヤバいことしでかしたようやな。あんなもん持ち歩いてたくらいやからね」
「ヤマさんには関係ありません」
「なんでそんなに彼女の身を案じる? あいつはしょせんヤクザや。ほっといたらええやないか。あんな連中と関わったりしたらろくなことない。それより、このヤクを山分けしようやないか。売りさばくのはぼくがする。ひかるちゃんには、売った金の半分あげるから」
「そんなものいりません。とにかく、返して!」
「そうか・・・なら、しゃあない」

大きな拳が、私のみぞおちにめり込んだ。
全身に不快な電気が走り、ひざがかくんと折れる。呼吸ができない。
「悪く思わんとってや。ぼくにすれば、これは千載一遇のチャンスなんや」
胃液がこみ上げてきて、口のへりを伝って落ちた。鯉のように口をぱくぱさせて懸命に空気をむさぼる。でも、いっこうに空気が入ってこない。たまらず地面に倒れ込み、おなかを押さえて悶え苦しんだ。
ヤマさんの姿が、遠ざかっていく。

なんとか呼吸ができるようになり、ゆっくり体を起して時計を見た。
午後11時8分。
ぺっとツバを吐き、手の甲で口をぬぐって立ち上がると、私は「JUN」を目指して歩き出した。ヤマさんは、きっとあそこにいる。
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【2009/08/14 21:09】 | 小説 | トラックバック(1) | コメント(2)
連載小説【走れエロス】3/8
路地を出るとパンプスを脱ぎ捨て、無我夢中で駆けた。
自然と涙が湧き出してくる。
通行人が好奇心たっぷりの視線を送っているのがわかったけれど、そんなことに構ってられない。笑いたけりゃ笑うがいいさ。

気がつくと、ルミ子ママの店の前に立っていた。すでに看板は消えてる。荷物を牛丼屋に残してきたので、着替えはおろか、1銭も持っていなかった。
そこで気づいた。
カバンの中に、携帯が入ってる。
女装するときは、いつもプライバシーがわかるものは持ち歩かないようにしている。でも携帯があれば、私の本名や連絡先など簡単にわかってしまう。

おそるおそるドアノブを引くと、案の定鍵がかかっていた。
途方に暮れ、その場にへたり込む。
・・・もう、警察に行くしかない。
でも、こんなかっこうで行くなんて、とてもできない。
ふと見ると、右の膝小僧から血が出ていた。あの路地を走ってるとき、壁にぶつけたのだろう。
明菜さんは、無事だろうか・・・

そのとき、エレベーターのドアが開いた。
あのふたりが立っていた。
ひとりは熱湯で目をやられたのか、しきりにハンカチで目をぬぐっている。もうひとりは鼻っ柱が折れ、ワイシャツを真っ赤に染めていた。
「やっぱりここに来てたか」
もう逃げる気力もない。

髪をつかまれ、強引に顔を上に向けられた。
「どこへやった?」
「・・・何を」
「とぼけてたら、いてまうどコラ!」
「あの人は無事なんですか」
「ヤスのことか。まあ無事いうたら無事やな。少なくとも、まだ生きとる」
「・・・よかった」
「そんなことより、どこに隠したんや、あ?」
「だから、何のこと・・・」
パシンッと、頬を殴られた。

ビルの前にベンツがぴったり停まっていて、後部座席に放り込まれた。
「おまえの荷物は全部調べた。もちろんヤスの荷物もな。けど、どこにもあらへん。となると、答えはひとつや」
「・・・・・」
「おまえのケツの穴から何が出てくるか、楽しみやで」
「そ・・・そんなこと、してません!」
「うそこけ。あんな店で働いてるくらいや、しょっちゅう男にケツ掘られてるんやろが。ケツに何か入れるくらい、どうってことないわな」
「してませんってば。それに、私はあの店の客です」
「ほなら、なんでカウンターに立っとったんじゃ」
「・・・・・」
「まあ、いずれわかるこっちゃ」
「わかるって、何がです」
「浣腸したる」
「は?」
「いやなら、ナイフで腹かっさばいたってもええんやぞ」
「・・・浣腸のほうがいいです。でも、どうせ何も出てきませんよ」

ともかく、これでだいたい事情がわかった。
明菜さん・・・ヤスさんは、覚せい剤か何かを横領したらしい。それを持って東京へ行き、別の暴力団に売り込むつもりだった。あるいはそれを手土産に、東京の暴力団に鞍替えするつもりだったのかもしれない。なぜそんなことをしたのかはわからないが、たぶん大きなヘマをやったんじゃないか。エンコ詰め程度では済まされない、大きなミス。でなければ、わざわざこんな危険を冒すなんて考えられない。

「あの・・・」
「何や」
「ヤスさんって人は、何であなたたちに追われてるんですか?」
「ブツをパクったからに決まってるやないか」
「それ以前に、何かしでかしたんじゃないですか?」
「ほお、なんでそんなことがわかる」
「そんな気がしただけです」
「まあ、それくらいなら話してやってもええか。あいつはな、関東の広域にいてる知り合いと共謀して、ブツを横流ししとったんじゃ」
「なんで、そんなことを」
「さあな。おおかたバクチで大損でもしたんやろ。ヤスのやつ、向こうの賭場にときどき足を運んどったからな」

ベンツが頑丈そうな門をくぐり、池の前で停車した。正面に2階建ての立派な母屋、向かって右側に土蔵のようなものが建っている。左側に妙にちぐはぐなプレハブ小屋があり、中から麻雀牌をかき回す音が聞こえてきた。敷地全体が高さ2メートルはありそうな高塀で囲まれていて、あたかも「この塀の内側は治外法権ですよ」と訴えかけているようだ。

本来ならオシッコちびってもおかしくないシチュエーションなのに、なぜか恐怖心が湧いてこない。ヤスさんをはじめ、この人たちがどうしても悪い人に思えないのだ。なぜだかはわからない。

「さあ着いたで。クルマから降りろや」
ドアを開けてクルマを出ると、鼻血男に腕をぎゅっとつかまれ、土蔵に放り込まれた。中は薄暗く、いろんなものが乱雑に積み上げられている。その片隅に、椅子に縛りつけられた男の姿・・・ヤスさんだ。ワンピースはぼろぼろに破れ、血にまみれてひどいありさまだ。左のまぶたが腫れ上がり、まるでお岩さんのようになっていた。
「ヤスさん、大丈夫?」
「ぜんぜん平気やで。そんなことより、せっかくしてもらった化粧が台無しや」
ニヤリと笑い、腫れたほうのまぶたでウインクを送ってきた。

「さてと、オカマのねえちゃん」と、赤ら顔。
「ヤスから預かったものを素直に返してくれたら、ねえちゃんは無罪放免や。このまま帰ってええ。けど、隠しだてすれば、ヤスと同じ目に遭うことになる。どや、どっちがいい?」
「そんなこと言われても、ホントに何も知らないんです」
「そうか、ほんなら素直にさせたろ」
ポケットからナイフを取り出し、頬にぴたりと押し当ててきた。それを片手でぽんと払いのけ、キッと睨みつける。
「知ってたらとっくの昔に喋ってますよ。そんなにおしりの中が見たけりゃ勝手にどうぞ。きのう食べたモンの残りカスしか出てけえへんけどね」

入り口近くに立っていた鼻血男がクックッ笑い出した。
「ねえちゃん、度胸あるなあ。オカマにしとくのが惜しいくらいやで」
「度胸やなくて、開き直ったんです。ヤスさん、この人たちに盗んだもの返しなさいよ。借金の穴埋めに自分の組のものチョロまかして横流しするなんてサイテーじゃないですか。そりゃあこの人たちだって怒りますよ」
これを聞いて、ヤスさんの口がポカンと開いた。

「ちょっと待ってくれ。たしかに俺は組のブツを横流しした。けどそれは、借金の穴埋めのためなんかやない。むしろ俺は賭場で勝ちまくってたんや」
「じゃあ、なんであんなことを」
「それは・・・」

ナイフを持った赤ら顔さんが、私の肩をぐっとつかんだ。
「何クサい芝居しとんじゃ。そんなんで俺らを騙せるとでも思っとんかコラ」
「それはヤスさんに言うてください。私、うそなんかついてません」
「捕まったらこう言おうって口裏合わせとったんやろが」
「なんで私がそんなことする必要あるんですか。ヤスさんとは今日会ったばかりなんですよ。名前すら知らん人をかばう理由なんてありません」
「そんなこと信じられるかい。じゃあなんでヤスは、さっき命がけでおんどれを逃がそうとしたんじゃ」
「・・・・・」
「ほうれ見い、何も言われへんやろが。あの牛丼屋で捕まってなかったら、ふたり仲良く手を取り合って逃避行するつもりやったんやろ」
「違いますってば!」
「ぐたぐだ言うてんと、さっさとケツ出せや。俺が手ェ突っ込んで掻き出したる」
「いやです。なんでそんなことされなアカンのですか」
パンと頬をたたかれ、湿っぽい地面にぺたりと尻餅をついてしまった。

「そいつに手ェ出すな! そいつは、ひかるは、ホンマに何も知らんのや」
赤ら顔が、にやりと笑う。
「ヤス、おもろい趣味持っとるのう。こんなオカマのどこがええんじゃ」
「そんなんやない。俺はただ、無関係のひかるに迷惑かけとうないだけじゃ」
「へっ、迷惑かけたないってか。十分迷惑かけとるやないか」
「殴るんやったら、俺を殴れ。ひかるは関係ない」
「おい、聞いたか、根本」
「ああ、たしかに聞いた。よっぽどこのオカマちゃんに入れ上げてるらしい」
「お嬢ちゃんのケツに何も入ってなかったら、ヤスの目の前で集団レイプっちゅうのもおもろい趣向かもな」
「俺はパスさせてもらうで。オカマ抱く趣味はないからな。長田やったらオカマやろうが何やろうが穴さえあったらイケるやろ」
「まあ、イケんこともないけど、俺は人前でセックスせんことにしてるんや」
「じゃあ、ザーメン溜め込んでそうな若いモンを何人か呼んでくるか」
・・・勝手なことを。

「ひかるのケツには何も入ってない。ブツは俺が別の場所に隠した。もちろん、ひかるはその場所を知らん。そやから、ひかるを拷問にかけても無駄や。それと、これだけははっきり言っておく。たとえひかるが目の前でレイプされようが、俺は何とも思わんからな。やりたきゃ勝手にやりやがれ」
さっきビルの路地裏で、我が身を呈して私を助けてくれたヤスさんがそんなことを言うなんて、とても信じられない。
唇を噛みしめながらヤスさんのほうをおそるおそる見ると、また不器用なウインクを送ってきた。

「ほんなら、どこに隠したんや」
「言うわけないやろボケが。おまえらには絶対わからんところじゃ」
「そうか。ならしゃあない。今から地獄見せたる」
そういって、赤ら顔がナイフをかざし、ヤスさんのほうに近づいていった。

「ヤスさん。この人たちから奪ったもの、あの女装サロンに隠したんでしょ。あのときヤスさんはひとりでヤリ部屋に行きましたよね。どう考えても、あのときしか隠すチャンスはありませんでした。違いますか?」
「・・・・・」
「ヤスさんは出入り禁止になってしまったから、もうあのサロンに行けないけど、男性客としてなら行ける。お店の人たちも、ヤスさんの素顔を知りませんからね。考えてみれば、あれほど隠し物をするのにうってつけの場所はありません。中はいつも薄暗くて、利用者はひたすらセックスするだけ、隠し物があるなんて考えもしないはずです」
「・・・余計なことベラベラ喋りやがって」
「そうでもせんと、私がひどい目に遭っちゃうもん」

長田さんが立ち止り、私のほうに戻ってきてしゃがみ込んだ。
「今の、ホンマか?」
「たぶん」
「場所を教えろ」
「もう閉まってます。午後6時から翌朝5時までの営業ですから」
「誰かいてるやろ」
「いえ、ママは後片づけを済ませたあと、いつも自宅に帰っちゃうんです」
「ほなら、夕方に行けばええんやろが」
「私が行ってきます。あなたが行くと、間違いなく門前払いされます」
「なんで俺やったら門前払いされるんや」
「いかにもヤクザっぽいですから」
「けっ、言うてくれるで。おまえがブツ持って戻ってくるっちゅう保障なんかどこにもあらへんのに、そんなことを許すとでも思ってんのか」
「私のケータイ持ってるんでしょ? だったら、もう逃げも隠れもできません。それに、あなたたちの探してるものが何であれ、シロートの私に扱えるものじゃないはずです」
「・・・・・」
「ヤスさんを人質に置いていきます。もし今日中に戻ってこなかったら、煮て食おうと焼いて食おうと、どうぞ好きになさってください」
「ふん、セリヌンティウスを救うメロスにでもなったつもりか」
「・・・太宰治を読んでるヤクザさんがいるとは思わなかったです」
根本さんが、くすっと笑った。

「よっしゃ、おまえを信じよう。今夜0時までにブツを持って戻ってこい。そしたらおまえのケータイを返してやる」
「それだけじゃダメです。ヤスさんを解放してあげてください」
「あほけ! こいつはな」
「わかってます。けど、この人を殺したって何の得もありませんよ。いっそ破門にして、野垂れ死にさせたほうがヤスさんにはよっぽどこたえるはずです」
「はは・・・けっこうエグいこと言うやないけ」
「賭博で儲けたお金がタップリあるって言ってましたから、それを全部いただいちゃえばいいじゃないですか」
「なるほど。じゃあおまえが戻ってくるまでの間、ヤスに金のありかを聞き出しておく。それと、ブツを横流しして手に入れた金もあるはずや」
「それは、どうでしょ」
「?」
「だって、さっきヤスさんが、横流しして得たお金はバクチの穴埋めに使ったんやないって言ってたでしょ?」
「・・・・・」
「つまり、そのお金は、別のところで使っちゃったんだと思うんです」

長田さんが、ヤスさんの襟をつかんだ。
「何に使った?」
「・・・言いとうない」
「ナイフで目ん玉えぐり出したら、ちっとは素直になるかもな」
ちょ・・・冗談じゃない!

「そんなことしなくていいです。ヤスさん、バクチで儲けたお金をこの人たちに全部渡してください。あなたにはそうする義理があるはずです。たとえ違法な品物でも、この人たちから盗んだのは事実なんですから」
「ちぇっ、わかったよ、勝手に持っていきやがれ。俺のマンションの冷蔵庫に通帳と印鑑が隠してある。1千万ほどあるはずや」
「おふたりさん、それでなんとか穏便に済ませてもらえませんか」
ふたりが顔を見合わせた。

「ヤスはバレたらマズいと思って、少しずつブツをちょろまかしとったから、全部合わせてもせいぜい5、6百万程度や。けど今回盗んだものはそんなもんやない。1袋で1千万以上はする。それを3つも盗みよったんや」
「だったら、その3つを返したら、十分オツリが来るわけですよね」
「これは金の問題やない。ヤスは組を裏切った。そのオトシマエはつけてもらわなあかん」
「でも、このことが公になったら、あなたたちも困るんじゃないですか?」
「な・・・何を!」
「だって、さっきからあなたたちしか尋問してないじゃないですか。牛丼屋から追いかけてきたときも子分みたいな若い人が何人かいただけでしたし、女装バーで私を拉致ったときも、あなたたちしかいませんでした。組全体で動いてるなら、ここにもっと偉い人が出てきてもいいはずです。やっと犯人を捕まえたってのに、なんでこんなコソコソするのか、ずっと不思議に思ってたんです」
「おまえ・・・けっこう鋭いな」
「あなたたち3人は、そのブツってのを共同管理していたんでしょ。だからヤスさんが持ち逃げして大慌てした。このままじゃ自分たちも責任を取らされる。それで身内の若いモンだけを使って大捜査網を敷いた。自分たちは、ヤスさんが行きそうなところを片っ端から当たっていて、それでたまたま私のいた女装バーにやってきた。あのビルには、ヤスさんの知り合いの女性が働くスナックがあるらしいですからね」

根本さんが、ふーっとため息をついた。
「参った、マジ降参や。おまえのいうとおり、俺らもできれば秘密裏にこのゴタゴタを片づけてしまいたい。ヤスがちょろまかしたブツ程度ならどうとでもなるが、今回奪ったモノは隠しようがない。なんとか持ち帰ってきてくれ」
「これで決まりですね。私が持ち帰ったら、ヤスさんを解放してあげて」
「わかった。ただし、今夜0時までや。1分でも遅れたら、ヤスを始末する」

牛丼屋に残していったバッグを返してもらい、男物の服に着替えると、電車に飛び乗って会社へ直行した。一睡もしていなかったからかなりキツかったけれど、なんとか定時に仕事を終え、そのまま女装サロンに向かった。
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「あら、ひかるちゃん。2日連続とは珍しいやないの」
「きのうはヘンな人を連れてきてごめんなさい。それが言いたくて」
「そんなの気にせんでええのに。ひかるちゃんも知らんかったんでしょ? あいつがヤー公だったってこと」

金曜の夜とあって、早い時間からお客が入っていた。
「今日はなぜか男性ばっかりなのよ。ひかるちゃん、早よ着替えて」
「え? でも私、きのうのお詫びを言いたかっただけで」
「女装せえへんの? お願い、他の女装さんが来るまででエエから、私を助けると思って、女の子になってくれへん?」
・・・困ったなあ。

ヤスさんは、ヤリ部屋のエアコンの上に隠したと言っていた。思い起こせば、たしかにあのときしかヤスさんがひとりきりになる時間はなかった。
それを持ってすぐヤスさんの元に駆けつけるつもりだったけれど、こうなったら仕方ない、1時間ほどここで時間を潰して、それから届けに行こう。

ドレッシングルームで急いで化粧し、きのうと同じ服を着て談話室に行くと、男性客ばかり4人が所在なげにエロビデオを観ていた。
「やあひかるちゃん、また会ったね」
げっ、ヤマさん!
「きのうのユニークなお友だちは一緒じゃないの?」
「ええ、まあ」
「あの子、なかなかいいね。荒削りなところが妙に魅力的やったなあ」
どんだけストライクゾーン広いんスか!

他の3人は、ヤマさんに遠慮してか、つかず離れずの距離を保ってる。それでも視線だけは、ときどき私のむきだしのアンヨに注がれていた。
「ひかるちゃん、何か飲む? ぼくがおごったげるよ」
「いえ、けっこうです」
「そんなこと言わんと、つきあってくれへんかな。まんざら知らん間柄でもないんやから」
この人の、こういうところが私は苦手だ。

ヤマさんが立ちあがり、奥からビールを持って戻ってきた。
断ったのに・・・
「さあ、乾杯しよう」
私の肩を引き寄せ、ベタ~っとくっついてくる。
こんなことをしてる場合じゃない。
「あの、ちょっと失礼します」
「どこ行くの?」
「トイレ」

トイレから出ると、談話室のみんなに気づかれないよう、こっそりヤリ部屋のドアを開けた。
ママはドレッシングルームにいるらしく、姿が見えない。チャンスだ。

中はかなり暗く、足元に小さなアクセサリーランプがあるだけ。目が慣れるまでしばらく佇んでいると、ぼんやりエアコンの白いボディが見えてきた。
抜き足差し足でエアコンの真下まで行き、手を伸ばす。
でも、あと数センチほど届かない。
何か踏み台になりそうなものを探したが、どこにも見つからなかった。
仕方なく、敷かれていた布団を4つに折り畳み、それを2つ積み重ねて上に乗った。もう一度手を伸ばす。
あった!

つかんだと同時に、バランスを崩して床に転倒してしまった。
あいててて・・・
3つの袋は透明なビニールに入れられ、セロテープでしっかり巻きつけられていた。
「あれ? ひかるちゃん、そんなところで何してるの?」
まずい、ヤマさんだ。
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【2009/08/07 21:13】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(4)
連載小説【走れエロス】2/8
私はビールを、明菜さんはウイスキーの水割りを注文した。
マンションのリビングルームにあたるところが談話室になっており、中央に配されたガラストップのテーブルを囲むようにしてソファが置かれている。私たちはバルコニーを背にしたソファを陣取り、その両側では、女装さんと男性のカップルが互いを意識しながらイチャついていた。正面には、肉付きのいい女装さんがぽつんとひとりで座ってる。

「なあひかる、あのデブより俺のほうがずっときれいやと思わんか?」
「ちょっ・・・やめてくださいよ」
「左の女装も、ヒョットコみたいな顔してやがら」
「あのねえ」
「右側の女装もひどいね。まず服のセンスがなってねえな」
どんだけ自信過剰なんスか!

そこに、50過ぎの長身男性が缶ビール片手にやってきて、明菜さんの隣に腰を降ろした。
「女同士で楽しそうやね。ぼくはヤマモト、みんなからはヤマさんって呼ばれてる。そっちの彼女はたしか・・・ひかるちゃんって言うたっけ」
「あ、はいそうです」
「2ヶ月くらい前にここで会ったこと、覚えてる?」
忘れもしない、2ヶ月前。
私がある男性と意気投合し、隣のいわゆる「ヤリ部屋」に行ったら、あとからこの男性がやってきて、無理やり3Pプレイに持ち込んだ。気の弱い最初の男性は薄笑いを浮かべながらこの男の下僕のごとく動き回り、結局2番目に甘んじた。最初に誘ったのはこの人なのに、デリカシーに欠けるというかジコチューというか、とにかくこの一件があって以来、私はこの店に来ないようにしていた。

「きみは、ここに来るのが初めてらしいね」
「ん? まあな」と、明菜さんがぶっきらぼうに答える。
「女装を始めたのは、最近?」
「今日が初めてや」
「ほほお・・・ってことは、まだ手つかずってわけか」
明菜さんが、キョトンとしてる。
「手つかずっちゅうのは、どういう意味や?」
「そりゃあ、アレに決まってるがな」
「ははあ・・・おいひかる、このおっさん、俺とスケベする気らしいで」と、耳元で囁いてきた。
こんな気持ちになったのは、うちのおかあちゃんが近所の奥さんの家に怒鳴り込むところを目撃して以来だ。

「ごめんなさ~い、私、男性とエッチする趣味はありませんのよ、オホホ」
「そうか。まあ、そんな子もいるからな。残念やけどあきらめるか」
「代わりに、ひかるちゃんを可愛がってやってくださいな」
こ・・・こらこら!
「そうさせてもらうか。ひかるちゃん、こっちおいで」
強引に手を引っ張り、ヤマさんが自分のひざの上に私を座らせた。
「相変わらずきれいやなあ。この白い太もも、たまらんわ」
かさついた手が、スカートの中を這い回る。
明菜さんのほうをチラッと見ると、あさっての方角を向いて、のんびりタバコをくゆらせていた。

「あの、今日はダメなんです」
「なんでや?」
「明菜さんをエスコートせんとアカンし」
「ほんなら、ふたり一緒に可愛がったげるがな。さ、隣の部屋に行こ」
そういって明菜さんのコートを持って立ち上がろうとしたとたん、いきなり明菜さんがヤマさんの胸倉を掴み、ものすごい形相で睨みつけた。
「触るな」
「あ・・・いや、ぼくはただ、コートを持っていってあげようかと」
「ええか、何度も言わせるなよ。これに触るな」
「・・・わかった」

ヤマさんが帰ったあと、明菜さんは眠くなってきたのか、ソファでウツラウツラと舟を漕ぎ始めた。
「明菜さん、こんなトコで寝たら風邪ひいちゃいますって。隣の部屋、誰も使ってないみたいやから、そこでちょっと横になったらどうです?」
「そうやな、そうさせてもらうか」
コートをしっかり握りしめ、明菜さんが隣の部屋へ消えていった。

さて、私はどうする?
時計を見ると、午前2時を少し回ったところ。
明日・・・というか、今日も仕事だから、そろそろ帰りたい。でも、このまま明菜さんを放って帰るのもなんだか気が引ける。というか気になって仕方ない。あんな物騒な連中が明菜さんを探し回っていたのだ。このまま帰って、明菜さんに何かあったら責任を感じる。

談話室を出て、パソコンをいじっていた夏子さんに声をかけた。
「夏子さん」
「何?」
「お願いがあるんです」
「?」
「明菜さんを、明日の夜まで泊らせてあげられないでしょうか」
丸一日、姿をくらましていれば、明菜さんを探していた連中があきらめるかもしれない。完全ではないにしても、今より手薄になるのは間違いない。
私は会社に行き、帰りに明菜さんにぴったりな洋服を買ってここに戻ってくる。できるだけ目立たない、シンプルな服がいい。レディースのサングラスも買っておこう。それなら新幹線に乗っても簡単にはバレないだろう。

「困ったわねえ、私も後片づけが済んだら家に帰らなきゃいけないし」
「あの人、なんかワケアリみたいなんですよ。よくはわからないけど、見つかったらひどい目に遭わされると思うんです」
「見つかったらって、誰に?」
「たぶん、ヤのつく人」
「ちょっとぉ、冗談やないわ。そんな厄介なことに巻き込まないでよ」
こりゃ、ヤブヘビだったか・・・

「ひかるちゃんには悪いけど、すぐ出てってもらうわ」
「そ・・・そんな」
「こんなこと言いたくないよ。でも、他のお客さんに迷惑かけるわけにいかないでしょ。私の立場からは、そう言うしかないのよ。わかってちょうだい」
たしかに、夏子ママの言うとおりだ。

そのとき、ヤリ部屋から女装さんと男性のカップルが出てきた。
あれ? 誰も使ってないと思ってたのに・・・
談話室を見ると、右側のソファがカラッポになってる。どうやら私が夏子さんと喋ってる間に入ったらしい。
男性のほうが夏子ママのところにやってきて、こう耳打ちした。
「あの女装さん、背中に刺青あったで。あんなん店に入れたらアカンわ」

ヤリ部屋に入ると、明菜さんが下着姿のまま、布団の上であぐらをかいていた。しっかりコートを握りしめながら。
「はは、あいつら、俺の彫物見て目ェ白黒させとったわ」
「明菜さん、ちょっと言いにくいんですけど」
「わかってる。出ていけって言われたんやろ?」
「・・・・・」
「ま、しゃあないわ。極道モンは、どこ行っても嫌われる運命やからの」
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外に出ると、小雨が降っていた。
「ひかるはもう帰れ。あとは俺がなんとかする」
「なんとかするって、どうするつもり?」
「とにかく腹が減った。牛丼でも食って、タクシーで新大阪まで行くか」
「でも、始発までだいぶ時間ありますよ」
「コンビニで立ち読みでもしてるさ」
「私も、牛丼つきあいます」
「やめとけ。もし何かあったら、おまえもタダじゃ済まん」
「私と一緒にいるほうが絶対目立ちません。それに、私もお腹ペコペコやし」
「・・・わかったわかった。けど、牛丼食ったらすぐ帰るんやぞ」

牛丼屋に入ると、思いっきり店員と客たちからガン見された。そりゃそうだ、筋肉ムキムキの女装さんと、パンツが見えそうなほど短いスカートを穿いた女装さんが入ってきたんだから。
明菜さんをいちばん奥の席に座らせ、私はその隣に腰掛けた。明菜さんがぎろりと視線を走らせると、とたんにみんな目を逸らした。

「ひとつ、質問していいですか?」
「内容による」
「女装バーに入ってきたとき、あそこがそういうお店だってことを知ってるって言いましたよね。なんで知ってたんですか?」
「あのビルのスナックに知り合いの女がいて、そいつから聞いたんや」
「もうひとつ。なんで追いかけられてるんですか?」
「それには、答えられんな」
「捕まったら、明菜さんはどうなるの?」
「それも、黙秘権ってのを使わせてもらおか」
「・・・・・」
「余計な詮索はせんほうがいい。俺はおまえのことが心配なんや」

牛丼が運ばれてきて、割り箸をつかんだそのとき、見覚えのあるふたりが店内に入ってきた。
「ヤス、おもろいかっこうしとるやないけ」
「ちょっと待ってくれんか。まだひと口も食うてへんのや」
「ああ。しっかり味わって食えよ」
ガラス戸の向こうに、黒いベンツが停まっていた。

店員が青ざめた顔で厨房に引っ込み、牛丼を掻き込んでいた客たちが半泣きで箸を置くと、すごすご店を出ていった。
「ヤス、時間切れや。さっきの客がポリにチクるかもしれんでの」
「まだちょっとしか食うてへん。最後の晩餐くらい、ゆっくり食わせろや」
「そっちのオカマちゃんも、一緒に来てもらうで」
「こいつは関係あらへん。何も知らんのや。ウソやない」
「ほお、えらいかばうやないけ。おまえにそんな趣味があったとは知らんかったで。こいつのケツに真珠入りマグナムをぶち込んだか、あ?」
「そんなんやない。なあ後生や、こいつだけは見逃したってくれ。たのむ」
「ねえちゃんも、えらい厄病神に憑りつかれたもんやなあ。まあこれも災難やと思て、おとなしゅうついて来てもらおか」

刹那、明菜さんが熱いお茶を傍らの男の顔にぶっかけ、もうひとりの男の鼻に強烈な頭突きを食らわした。すかさずカウンターを飛び越え、私を持ち上げてカウンター内に引きずり込んだ。厨房を抜け、裏口のドアを蹴破って表に出る。
「くそっ、なんちゅう走りにくい靴じゃ」
脱いでるヒマはない。そのままふたりで駐車場を横切り、住宅街に続く道を懸命に駆けた。背後から「待たんかい!」という怒鳴り声。
「明菜さん、コートは」
「そんなん、どうでもええ。とにかく走れ!」

あれだけ大事にしていたコートを見捨ててまで私を逃がそうとしてくれたことに、なんだか胸がジーンとなった。
「ひかる、こっちや」
人ひとりがやっと通れるほどのビルの隙間に逃げ込む。
うしろを見ると、男たちが一列になって路地に入ってくるところだった。
「ここであいつらを食い止める、その間に逃げろ」
「そんなん・・・いやです」
「グダグタ言うてんと、さっさと逃げんかい!」
「けど・・・明菜さんが」
「たのむ、逃げてくれ。後生や」
ワンピースを引き裂き、ブラジャーの中からナイフを取り出した。
「そう簡単に捕まってたまるかい。もし逃げおおせたら、あの女装バーで落ち合おう」
「でも」
「早よ行け!」
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【2009/07/31 22:41】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(2)
連載小説【走れエロス】1/8
ドアが開いたとたん、みんなの目がテンになった。私なんか、歌いかけてたカラオケを中断し、マイクを握ったまま固まってしまった。
初夏だってのに黒いロングコートを着て、短く刈った髪にサングラス、どこからどう見ても「ヤ」のつく仕事に従事してらっしゃるお方のようだ。
そんな人が、なんで女装バーなんかに・・・
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「いらっしゃい。お客さん、ここは初めてですか」と、ルミ子ママ。
じろりと店内を見回し、男が無言でうなずいた。
「うちは見てのとおり女装のお店なんですけど、ご存じでらっしゃいます?」
「ああ、知ってる」
「それとね、うちはカタギの商売してますから、その筋のお客さんはお断りしてるんですよ」
「・・・俺が、ヤクザに見えるか」
「言っちゃ悪いけどね」
私を含め、店内の客全員が凍りついた。ママ、どんだけ勇敢やねん!

「おもろいママやな。気に入った。それに、きれいなねえちゃんもぎょうさんいてるし」
「この子たちに手ェ出したら承知せえへんよ」
男が苦笑した。
誰も男と視線を合わせようとしない。ただひとり、ルミ子ママを除いて。
こんなに緊張したのは、中学のとき隣町の古本屋までエロ本を買いに行って以来だ。

「人を外見で判断しないでほしいね。俺は女装したくてここに来たんや」
これには、さすがにみんなびっくりした。
「あなたが、女装を?」と、ママが不審そうに尋ねる。
「電話予約でもしといたほうがよかったかな」
「いえ・・・たしかにあなたは、ここが女装のお店だってことを知ってたって言ってたわよね。知らずに入ったお客さんは、たいていバツの悪そうな顔して出ていきはります」
「わかったら、とりあえず座らせてくれるか」
「あ、ごめんなさい。カウンターの奥、ひかるちゃんの隣が空いてますから、そこに座ってちょうだい。えーと、お飲み物は何になさいます?」
「じゃあ、ビール」
この緊張は、高校のとき十三のストリップ劇場にひとりで行って以来だ。

「ひかるちゃんって言うんか。よろしくな」
笑うと、あごの古傷がひきつって、よりいっそう凄味が増した。
「よろしくです。あの、女装するって本当ですか?」
「俺がしたら、おかしいか?」
「あ・・・いえ、そんな意味で言ったわけじゃ・・・」
「ふふ、おまえみたいに可愛くはなれんやろけど、こんな俺でも、女になりたいときもある」
「そ・・・そうですね」
身長175センチ、体重80キロくらい、年齢は40前後か。日に焼けた顔は精悍で、笑うと目尻に深い皺が寄って、ぞくりとするほど魅力的だった。

「お待たせしました」といって、ママがカウンター越しにビールを注いだ。そのグラスを私のところに持ってきたので、あわてて自分のグラスを持ち上げ、かちんと合わせて乾杯した。
「でも困ったわねえ。今夜は私ひとりなのよ。もうひとりスタッフがいるんですけど、あいにく今日はオフで、メイクしてあげられそうにないわ」
「・・・そこをなんとかたのむ」
「でもねえ、私がメイクしてる間、お店のほうが留守になっちゃうでしょ」
男は落胆したというより、切羽詰まったような表情をしていて、私はだんだん気の毒になってきた。

「ママ、よかったら、私がお店のほう手伝いましょうか」
「え? そんな悪いわ」
「水割り作るくらいできますよ。それに、みんな帰るみたいやし」
男がスツールに腰掛けたとたん、こぞってみんな帰り支度を始めていた。
「じゃあ、1時間だけお願いしようかしら。奥の更衣室にいてるから、わからんことがあったらいつでも呼んでちょうだい」

男を連れてママが更衣室に行ってしまうと、店内は私ひとりになった。
更衣室といっても奥の倉庫を改造して作った簡素なもので、ドレッサーが2つきり置いてあるだけだ。壁には貸衣裳がずらりと掛けられていて、私も駆け出しの頃はよくこの衣装のお世話になった。下着だけは買い取りで、上下セット1000円だ。貸しウィッグが500円、メイク代は1000円。無駄毛を処理できない人のため、厚手のストッキングまで用意されていた。あの人は、おそらくフル装備になるだろう。

そこに、人相の悪い男がふたり入ってきた。
「いらっしゃいませ」
ふたりは座らず、ひととおり店内を見回すと、ドスの利いた声でこう言った。
「ここに、こんなヤツが来えへんかったか」
突きつけられた写真を見ると、あの男が写っていた。ストライプの入ったスーツを着て、ベンツによりかかってる。サングラスはかけていない。
「・・・いえ」
「ねえちゃん、オカマか」
「はい、ここはそういうお店ですから」
「そうか。なら、ヤスのやつが来るわけないか・・・邪魔したな」

ふたりが去ったあと、ママが奥からぬっと顔を出してきた。
「お客さん来てたんとちゃうの?」
「ノンケさんが間違えて入ってきはったみたいです」
「そう・・・あと30分くらいでできるから、もう少し店番しとってちょうだい」
「わかりました」

結局、私がカウンター内にいる間、来たのはあの2人だけだった。
奥から出てきた男の姿を見て、さすがに絶句した。体格に合う服がなかったのか、ライトパープルのワンピースははち切れそうで、たくましい腕がかえって目立っていた。黒のストッキングもどこかチグハグで、9センチのピンヒールがいかにも歩きにくそうだ。ウィッグはロングのストレート、これがまたぜんぜん似合ってない。精悍な顔つきだから、コマンチ族の戦士みたいに見える。メイクもよほど苦労したと見え、顔だけがやたら白く、まぶたに貼ったつけまつ毛がアゲハチョウのようにヒラヒラなびいていた。口紅は真っ赤で、処女の生き血を吸ってきたばかりのパンパイヤのようだ。
本人はいっこう気にしてない様子で、どしんとスツールに腰を下ろすと、すっかりぬるくなってしまったビールを一気に飲み干した。
「どうかしら? 私、女の子に見える?」
「あ・・・き、きれいですよ」
こんな気持ちになったのは、うちのオヤジが近所の奥さんとラブホから出てきたところを目撃して以来だ。

男がコートのポケットに手を突っ込み、中から分厚い札入れを取り出した。
「ママ、すまんけど、この衣装全部、買い取らせてくれんかな」
そういって、カウンターの上に1万円札を3枚置いた。
「そんな、困ります」
「これじゃ足りんか。じゃあ、あと2万出す」
「お金の問題じゃありません。うちの衣装は貸し出し専用なんですよ」
「そこをなんとか、な、たのむ」
さっきの男たちの件といい、この人、なんかワケアリみたい。

「ママ、私からもお願いします。この人の言うとおりにしてあげて」
「なんでひかるちゃんまでそんなこと言うのよ」
「・・・・・」
「ま、しょうがないわね。ただし、このことは誰にも言わないって約束して」
「すまんなママ。感謝する」といって、男が片手を顔の前にかざした。

1万円札を5枚置き、男がコートを持って店を出ようとしたので、あわててあとを追いかけた。店を出たところで、なんとか追いつく。
「もう帰っちゃうんですか」
「ああ、ひかるには世話になったな」
いきなり呼び捨てやし~

「まだ帰らないほうがいいと思いますよ」
「・・・なんで?」
「あなたのことを探してる人が、さっきここにやってきたんです」
とたんに、男の表情が険しくなった。
「どんなヤツやった?」
「スーツを着た男の人がふたり。あなたを写真を見せて、こんなヤツが来えへんかったかって訊いてきました」
「・・・・・」
「まだ、このへんをウロウロしてると思います」

カウンター席に並んで座り、男のグラスにビールを注いであげた。
「はっきりいって、そんなかっこうで外を歩いたら、よけい目立ちますよ」
「そうか・・・これで完ぺきにあいつらの目をごまかせると思ったんやけどな」
「このあと、どうするつもりだったんですか?」
「タクシーで新大阪まで行って、最終の新幹線で東京へ行く」
「こんなところまで探しに来たくらいですから、駅や空港にもあなたを探してる人たちがたくさんいるはずです」
「だから女装したんや。これなら俺やとわかるまいと思ってな」
「・・・間違いなく、イッパツでわかっちゃいますって」
「くそっ、どうすりゃエエんじゃ」
「事情がよくわかんないけど、警察に行ったほうがいいんじゃないですか?」
「そんなことできるかい。冗談やないで」
「でも・・・さっきの人たち、あれはどう見ても」
「余計な詮索するな。ひかるに迷惑かけたくない」
「・・・・・」

ママが怪訝そうな顔でこっちを見てたので、あわてて話題を変えた。
「その映画、たしか勝新太郎が出てたんでしたよね」
「いや、高倉健や。そうか、ひかるもあの映画を観てたのか」
「ヤクザ映画って、けっこう好きなんですよ」
「そんな可愛い顔して、ヤクザ映画が好きなんて言うなよ」
「顔は関係ないですって。あははは」

1時間後、ふたりで店を出た。
ママがいると、込み入った話ができない。

「新幹線は、あきらめたほうがいいです。少なくとも、今夜は」
「そうかもな」
「私と並んで歩いてると、たぶん気づかれないと思います。ひとりだったら目立つけど、私と一緒ならオカマバーの店員か何かと思われるはず」
「とはいえ、こんなところでウロウロしてるわけにもいかん」
「ホテルでしばらく潜伏しておくってのは?」
「そんなことしたら即バレや。あいつらの情報網はあなどれんよってな」
「じゃあ、ラブホは?」
「あかんあかん、たいていのラブホは連中の息がかかってるし、横の繋がりがあるさかい、すでに俺の顔写真が出回ってるはずや」
「・・・サロン、行きます?」
「なんや、それ?」
「マンションの一室を使った女装系のお店です。朝までやってますから、とりあえず今夜はそこで休んで、改めて明日のこと考えたらどうです?」
「近くにあるんか?」
「ここから歩いて10分くらいです」

阪急東通のアーケードと平行に続く裏道を歩いてると、酔っ払いの3人連れが正面から千鳥足で近づいてきた。
「おっ、ねえちゃん。こんなところでふたりして立ちんぼか~」
バーコードヘアを垂らし、酒臭い息を吹きかけてくる。
「おっほっほー、こっちのねえちゃん、めっちゃええ体格しとるのお」
両側のふたりが顔を引きつらせ、「課長、そんなこと言うたら失礼やないですか」といって懸命になだめた。

おそるおそる男のほうを見ると、目をキラキラ輝かせてこう言った。
「いやーん、ひかるちゃん、このおじさまたち怖~い」
うげっ!
私ゃあんたが怖い・・・

JR環状線の高架をくぐったとたん、男が私の肩をペシッとひっぱたいた。
「うひょひょ、この俺が女に見えたらしいぞ」
「そ・・・そうですね」
女に見えたのではなく、オカマに見えたんだと思います。
「ひかるは心配しすぎとちゃうか。これなら新幹線乗ってもバレへんで」
「さっきのおじさんみたいに泥酔してる人ばっかりやったらバレへんかもしれませんけど、あなたを追ってる人たちはおそらくシラフです」

マンションのエレベーターを降りて女装サロンのドアを開けると、平日というのにけっこう賑わっていた。女装さんが3人、男性客が5人。
夏子ママがやってきて、私たちを歓迎する。
「そっちの方は、初めてよね」
「はい、私もさっき知り合ったばかりなんですよ」
「お名前は?」
「え・・・」
そういえば、まだ名前を聞いてなかった。

夏子ママに「明菜」と命名され、男がまんざらでもない表情を浮かべた。
「ふふ、なんか照れくさいもんやな」
並んでソファに腰掛けると、男が・・・明菜さんが、周囲を一瞥した。
「・・・あの」
「ん?」
「足を広げて座るの、やめたほうがいいですよ」
「おっ、すまん」
「それから、その貧乏ゆすりも」
「やだぁ、ごめんなさーい」
うぐっ・・・
こんな気持ちになったのは、イメクラでおかあちゃんより年上の女子高生が出てきたとき以来だ。
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【2009/07/24 19:21】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(6)
短編小説『光くんの受難』
『光くんの受難』
(※この作品の著作権は、私"桃猫(pink-cat)"に帰属しますので、無断転載等を硬く禁じます)
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「お、ここやここ!」
ずんぐりした体型の松っつんが、8年落ちカローラのハンドルを握りながらツバを飛ばし飛ばし叫んだ。 「このビルの3階らしい。ヨメはんの友だちが言うとった」

松っつんとは高校からの親友で、俺が女装してることを打ち明けたのがそもそも間違いのはじまりや。 最初のうちは理解を示してくれてたんやけど、そのうちだんだん頭に乗ってきて、黙っといたるから牛丼おごれとか、いっぺんヤラせろとか、無理難題ばっかり押しつけるようになってきよった。 こうなったら首でも絞めて大阪湾に捨てたろかとも思ったけど、けっこう助けてもらうこともあって、こうして腐れ縁が続いてるっちゅうわけや。

「ええか光、なるべく声は出すな」
「アホか、それやったらおまえのヨメはんのこと訊き出されへんやないか」
「そりゃそうやけど・・・とにかく男とバレんようにしてくれ」
あ~あ、なんで俺がこんなことせなアカンねん。

松っつんのヨメはんがホストクラブにのめり込んでしまい、気がついたら預金残高はゼロ、おまけに30年ローンで買ったマンションは管財人に差し押さえられ、肝心のヨメはんはというと、半月前から姿を消してるっちゅうありさまや。
気の毒というか、アホというか・・・
こうなる前に、なんでもっと早く気ィつけへんかったんやろって思う。

「俺じゃホストクラブに入っていけん。光、おまえだけが頼りなんや」
「けどなあ、俺は趣味で女装してるだけで、チンチンついとるし、おっぱいもペチャンコなんやで」
「そやから、わざわざ2万も払って本格的に女装してもらったんやないか」
「まあ、たしかにあそこのメイクはたいしたもんや。自分でもびっくりするほどキレイになっとる」
「あとはおまえ次第や。その言葉遣い、間違ってもホストクラブで出すなよ」
あーだこーだ、うるさいやっちゃで。

エレベーターのドアが開くと、数人のホストが丁重にお出迎えしてくれた。
「いらっしゃいませ~~~!」
「あの、友だちの紹介で来たんですけど」
「初めてですか、ようこそおいでくださりました。ささ、どうぞ」

ふーん、これがホストクラブか。
広い店内に豪華な内装、奥のほうにシャンパングラスがピラミッドみたいに積み上げられてて、それが下からきれいにライトアップされてる。 ホストは見たトコ10人程度、お客は若い女性ばかり15人ほどいるようや。 もっとオバハンばっかりかと思ってたのに、けっこう若くてきれいなネーチャンが多いんやなあ。

「こちらのボックスへどうぞ」といって、ワカメみたいな髪をしたホストが奥の席へ案内してくれた。 とたんに両側からイケメンのニーチャンがでんと腰を降ろす。 ううっ、なんか緊張してきた。
「お飲み物は何になさいます?」
松っつんから貰った軍資金が20万ほどあるし、ここは遠慮なくオーダーしてやるか。
「じゃあターキーを水割りで」
「・・・なんか、男みたいなオーダーするんやね」
しまった。

「あはは、面白い人やなあ。名前、何て言うの?」と、ワカメ頭。
「ヒカルといいます」
「ヒカルちゃんか、可愛い名前やね」
すかさず写真つきの名刺を手渡された。どれどれ、ワカメ頭はkazuくんで、反対側の下膨れはtakuyaくんか。
なァにがタクヤくんじゃい、タクアンみたいな顔しくさってからに。

「ヒカルちゃんって、めっちゃキレイな足してるね」
「まあ、ありがと」
「ちょっと声が低いけど、風邪でもひいてんの?」
「ごほっ、ごほっ」
おっと、こんなことしてる場合やない。早よ本題に入って、さっさとこんなトコ出たろ。

「あのね、このお店のナンバーワン、hideさんって、どの人?」
「隣のボックスにいてはりますよ。なんやったら呼んだけましょか」
「お願い」
hideっちゅうヤツにほだされて大金つぎ込んだと松っつんから聞いてたから、そいつやったら松っつんのヨメはんの居所を知ってるかもしれん。

ほどなく、隣のボックスからひときわ美形のホストがやってきて、俺の正面に座った。
「ここ、初めてなんやってね」
「うん、ユキちゃんって子に聞いて来てん」
「ユキちゃん?」
「ほら、松田由紀って子、覚えてへん?」
「ああ、彼女のお友だちですか」
「最近来てる?」
「そういえば、ここ一ヶ月ほど顔を見てませんね」
おうおう、しらばっくれてからに。数千万も貢いだ相手をそう簡単に忘れるわけないやろ。

「そうやねん。最近彼女の姿を見ィひんねんけど、何か心当たりない?」
「さあ・・・お客さんは他にもいっぱいいてますし」
「けどなあ、由紀ちゃんのご家族も心配してはるんや。ちょっとでもええねん、由紀ちゃんが行きそうなトコ、教えてくれんやろか」
「・・・ヒカルさんって、何か男みたいな喋り方するんやね」
あらら、またやってもうた。

「とにかく、彼女のことは何も知りません。別のお客様を待たせてるんで、俺はこのへんで」
そういって、さっさと席を立ってしまった。
くそう、これじゃ埒が明かん。
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「あんた、hideくんをいきなり呼びつけたりして、いったいどういうつもり?」
隣のボックスから、根性悪そうな女が話しかけてきた。
「ここはあんたみたいなチンケな女が来るトコちゃうねん。わかったらさっさと出て行って、残飯でも漁っとき」
あっはははと取り巻きの女どもが笑う。
くそ、ムカツク女や。

思いっきり皮肉混じりに言うたった。
「あれえ? ここはメスブタにお酒飲ませるんやあ。飼育係のオニイサンたちも大変やねえ」
「な・・・なんやとお!」
「ん? 何か言いました? 私にはブヒブヒとしか聞こえへんかったけど」
周りにいたホストくんたちの顔が真っ青になった。

「それじゃ私は先に失礼させてもらいますワ。メスブタちゃん、あまり飲みすぎて周りに迷惑かけんようにね」
勘定を済ませ、店を出ようとしたら、思いっきりズッデーンと転んでしまった。
このアマ、わざと足出しよったな。

「ぶわっははは、みっじめ~」といって、メスブタがケラケラ笑う。
「・・・このやろ」
「なんやこいつ、男みたいな喋り方しよるわ。もしかしてニューハーフとちゃうか、ウケケケ」
脱げたハイヒールを拾い上げると、片方のかかとがポッキリ折れてた。
「んぎゃ~~~っははは、かかとが折れてる~~~」
ちくしょう、どうしてくれようか。

「ありがとね、これで歩きやすうなったわ。私は足が長いからこれでちょうどいいねん。そっちの豚足さんは四足で歩かなアカンから大変やねえ」
「な・・・」
「ホストのニイチャンたち、このオバチャンの介護よろしくね。間違っても食べたらアカンよ~、こんな肉食うたら間違いなく腸ねん転起こすから」
「ち・・・ちょっと待ちいや!」
「まァたブヒブヒ言うてる。私、ブタ語わっかんな~い」
店内に、クスクス笑い声が広がった。

裸足のまま店を出ると、ケータイで松っつんに電話をかけた。
「もしもーし、今どこ?」
『腹減ったから、近くのファミレスでメシ食っとる』
「悪いけど、由紀ちゃんの居場所、聞き出せんかったわ」
『え? もう出てきたんか?』
「早よ迎えに来てえな、俺も腹減った」
『そんなこと言うても、まさかこんな早く出てくるとは思わんかったからなあ。あと20分くらいしたら迎えに行くから、そのへんで待っといて』

電話を切ると同時に、うしろからケータイをサッと取り上げられた。
「あっ、何する!」
「ちょっとつきおうてんか」
さっきの豚足やった。 うしろには、取り巻きの女が2人。
いくら3人やいうても、相手はたかが女。さっきの恨みを晴らすのにちょうどいいかも。
「おう、どこへでもつきあったろやないか」

ほどなくすると、真っ黒なベンツがやってきて、そこからガラの悪そうな男が2人降りてきた。
「マサ、リョウ、こいつをちょっと揉んだって」
「お嬢さん、どないしはったんですか」
「エエから、あんたらは私の言うとおりにしとったらええの!」
男たちにむんずと腕を掴まれ、後部座席へ放り込まれた。 イタチみたいな顔した男が、俺の手首に手錠をかける。
「な、何を!」
助手席にお嬢様が乗り込んできて、俺のほうを見てニタリと笑った。
「ええトコ連れてったる。一生忘れられへん夜になるわよ~」
くそっ、くやしいなあ。

目隠しをされたままベンツから引きずり出されると、かすかに潮の香りがした。
数百メートル歩いたところで、急にふわりと体を持ち上げられた。 波の打ち寄せる音・・・もしかして、船の中?
エンジンのかかる音がして、船体が大きくぐらりと揺れた。
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ここでようやく目隠しを外された。
「どうや、豪華クルーザーの乗り心地は」
「これ、あんたの?」
「まあね」
「ふーん」
「あんた・・・ちっともビビってる様子がないね」
「そうかな」
「今からこいつらに犯されるんよ、オヨメに行けないカラダになるんよ」
「その点はご心配なく。私、男やから」
「な・・・」
「お察しのとおり、オカマちゃん」

アンパンマンみたいな顔の男が、目をパチクリさせて、俺をまじまじ見つめてきた。
「お・・・おまえ、ホンマに男か?」
「証拠見せたげよか」
「おいリョウ、リョウ!」
操縦席から、リョウと呼ばれた男が降りてきた。
「こいつ、男やって」
「マジで?」
イタチみたいな顔が、こっけいなほどだらんとなった。

「お嬢さん、話が違いますやん」と、イタチくん。
「そんなこと言うたかって・・・私もわからんかってんもん」
「どないしますの」と、アンパンマン。
「・・・男やろうが何やろうが、犯したったらエエやんか」
「冗談やないですわ、俺ら、そんな趣味あらへん」
ウププ・・・なんか、笑える。

お嬢さんが俺の横にやってきて、いきなりオッパイをムギュッと掴んできた。
「これ・・・ニセモノ?」
「うん、ヌーブラ」
次いで、スカートの中に手を突っ込んできた。
「・・・あ・・・あ」といって、お嬢さんの顔がみるみる真っ白になっていく。
「いやん、恥ずかしい」

イタチくんがクスクス笑い出し、アンパンマンも釣られて失笑した。
「ヘンなヤツ~」
「あーっははは、ホンマや」
ポカンとしてたお嬢さんまで、とうとう笑い出した。

「あんた、なんでそんなカッコウしてホストクラブなんか行ってたんよ」
「俺の友だちの奥さんが行方不明になってな、そいつに頼まれて情報集めしてたんや」
「その奥さんの名前って?」
「松田由紀」
「ああ、由紀ちゃんなら知ってる。あの店で、一時期すっごく派手にお金使ってたからな」
「知ってるの?」
「うん。たしか、マリちゃんと仲が良かったはずやで」
「誰? そのマリちゃんって」
「セクキャバで働いてる子。あそこに来るお客の大半はフーゾク嬢やねん」
「へえ・・・あんたもそうなん?」
「私はれっきとした社長令嬢や。あんな子らと一緒にせんとって」
「けど、やってることはおんなじやん」
「私は暇つぶしにちょっと遊んでやってるだけ。あいつらみたいに身銭切って男に貢ぐようなアホなことはせえへんの」
・・・おんなじやと思うけどなあ。

「とにかく、そのマリちゃんって子に聞いたら、由紀ちゃんの居所はわかるんやね」
「それはマリちゃんに聞いてみんことには」
「じゃあさっそく聞いてよ」
「あんた、自分の置かれてる立場わかってる?」
「何が?」
「・・・もうエエわ、なんかアホらしくなってきた」

お嬢さんが電話かけてる間、イタチとアンパンマンの話し相手になってやった。
「なあなあ、男とエッチしたりするの?」
「まあ、たまにはね」
「それってやっぱり、おしりに入れられたりとか?」
「ムフフ・・・」
「痛くない?」
「最初の頃は痛かったけど、慣れてきたらこれがまたけっこう気持ちエエねん♪」
「へえ、なんか面白そうな話やな」
「きみらもいっぺん女装してみる?」
「いや、俺らはそんなんアカンわ。きみみたいに可愛かったら似合うやろけど」
「あーら、お上手だこと」
「名前、何ていうの?」
「私? ヒカルちゃんで~す」

お嬢さんが電話を終えたらしく、俺の肩をちょんちょんたたいてきた。
「わかったわよ。マリちゃんと同じ店で働いてるんやって、住み込みで」
「ホンマに?」
「ミナミの"ダンシング・ドール"ってお店らしいよ」
「サンキュー、おかげで助かったわ」
そういって、ムギュ~ッと抱きついてやった。

女装も、たまには役に立つもんやな。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

【2008/02/11 15:50】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0)
短編小説『コロニーシップD-06号帰還せよ』<前編>
『コロニーシップD-06号帰還せよ』<前編>
(※この作品の著作権は、私"桃猫(pink-cat)"に帰属しますので、無断転載等を硬く禁じます)
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幅3.6メートル、高さ2.4メートルの通路を、ヒカルは着慣れたランニング・ウェアで走っていた。 足元には等間隔に小さな円形窓が並び、そこから漆黒の闇が無表情に横たわっていたが、ヒカルは窓の外の景色には何の関心も示さず、ただ黙々と与えられたカリキュラムをこなしていた。
リストバンドのディスプレイにちらりと目をやる。
<心拍数126、血圧103、血糖値正常、残り2.32km>
視線を元に戻すと、前方に見覚えのある人物が、いかにもけだるそうに走っていた。
徐々にスピードを上げ、彼の隣に並ぶ。

「うっすケンジ、あと何キロ?」
「ああ、ヒカルか。えーっと・・・ひゃあ、まだ4キロも残ってんのかよ」
「はは、おまえはメタボリック体型専用メニューだからな」
「ちぇっ、おまえはいいよ、1時間そこそこで済んじゃうんだろ?」
「そのぶんスピードはケンジより4キロも速いよ」
「あ~~~、もうやめたやめた!」
そういって、ケンジは大粒の汗をしたたらせながら、飾り気のない通路を歩き出した。

「いいのかよ、リストから生体データがマザーに送られてるんだぜ」
「知るもんか。オレはもともと肉体を使うようにはできてねえんだ。オレが使うのは、ここさ」
ケンジが、自分の頭を指差し、ニヤリと笑った。
「ふふっ。たしかにおまえは、国立士官養成校・小学部の頃からいつもトップの成績だったもんな」
「オレにつきあうことはねえぞ、さあ行けって」
「いいよ、ボクもちょうど走るのにうんざりしてたところなんだ」

巨大な円筒形のコロニーシップは、常に等速度で回転しており、外壁のすぐ内側がちょうど1Gになるよう緻密に制御されていた。 ふたりが走っていたのは、その円筒をぐるりと一周するよう作られたジョギング専用通路だった。
コロニーの中心部には、マザーと呼ばれる巨大なスーパーコンピュータが鎮座しており、このシップの航行システムや船内の居住環境などを一元管理していた。
ここでは、毎日の運動がすべての居住者に義務づけられている。 上層の低Gを利用して自らの体重から解放されようとする者が後を絶たないため、ともすれば筋肉や骨の退化を招いてしまう。それを防ぐための必須メニューなのだ。

「ヒカル、オレはな、航行学と宇宙物理学をしっかり勉強して、早いとここんな狭苦しいコロニーからオサラバしてやる」
「それはボクも一緒さ。でも、もう地球には戻れない」
「そんなことはわかってる。行けばやつらに皆殺しにされるのがオチだからな」
「・・・なんで、同じ人間同士が殺し合ったりするんだろう」
「さあね、オレたちがこのコロニーで脱出してきたときは、まだ8歳のガキンチョだった。オレたちが生まれ育ったニッポンってところが核兵器によって消滅し、残ったニッポン人はルナ基地に配属されていたごく一部の人間と、その息子であるオレたちだけってわけさ」
「うん。たまたまボクたちは、このコロニーシップの見学に来ていたから助かったけれど、とうさんはルナ基地に取り残されてしまった」
「オレんとこのオヤジもそうだ」
「このコロニーに女性はいない。いや、いるけど、高齢のオバサン技師や女医が数人、それと、ボクたちを引率してくれた案内係のハルカさんだけ」
「そのハルカさんだって、生きてりゃ40歳だ」
「ハルカさんも苦労したろうな。なにしろ若い女性はハルカさんひとりだったんだから、その・・・」
「このコロニーに住む男たちの性処理役を押しつけられちまった。まったく、気の毒としかいいようがないぜ」
「そして、ハルカさんは」
「ああ、自殺した」

通路を右に折れ、ヒカルたちは"いこいの広場"に出た。 ここはコロニーの中央付近に位置しており、いわゆる"吹き抜け"のような造りになっていた。 広大なベージュ色の床は、コロニーの芯部分を取り囲むように大きくせり上がっていて、見上げると、まるで上空から眺める景色のように、歩いている人の頭部が眺望できた。

床に固定された半透明のベンチに腰かけ、ふたりはタオルで汗をぬぐった。
「ほーら、いわんこっちゃない、マザーからの警告だ」
リストバンドが赤く点滅し、耳障りなブザー音が間断的に鳴り響いた。
「うるせえなあ、スイッチ切っちゃおうぜ」
「ボクも、そうすっか」
ふたり顔を見合わせ、クスクス笑った。

「ところでヒカル、おまえはどうすんだ?」
「どうするって?」
「進路だよ。オレは宇宙航行研究室に内定が決まってるからいいけどさ」
「ボクは・・・」
「防衛隊だけはやめとけよ。そんなもん何の役にも立ちゃしねえ。考えてもみろ、地球政府の連中が、わざわざこんな宇宙の果てまでオレたちを追っかけてくると思うか?」
「・・・さあ」
「そうするつもりなら、とっくの昔にそうしてたさ。追っかけなくても、核弾頭を搭載した追尾ミサイルでも発射すりゃ済むことじゃねえか」
「そうかも、ね」
「オレたちは見捨てられたんだよ。地球を追われて宇宙へ逃げ出した"敗残兵"として」
「・・・・・」
「でなきゃ、15年もこんな生活してねえって」

このコロニーシップ・D06号には、現在256名の居住者がいる。 そのうち、ヒカルと同世代の若者は5名、残りはみなルナ基地に勤務していた技術者や医師、栄養士、防衛隊ルナ基地所属の隊員などである。 そもそもこのコロニーシップは、火星へ移住するために造られた実験機で、核燃料で作られた電気を使って生存空間を維持している。食料もコロニーの中で栽培・飼育しており、これだけの人数が150年は悠に暮らせる量を確保していた。

最大の問題は、この航行に目的地がないことであった。
現時点では、行き当たりばったりで地球に近い環境の惑星を探すしかなく、見つけられなければコロニーごと永遠に宇宙をさまよい続けるしかない。
だが、実はもっと深刻な問題があった。

「今は256名だけどよ、ルナ基地を脱出してきたときは300名以上いたんだぜ。なぜだかわかるか?」
「そりゃあ、病気で死ぬ人がいるからだろ?」
「違う。それもあるが、新しい生命が誕生しないからさ」
「ナルホド」
「何がナルホドだよ、おまえは本当に気楽でいいよ」
「ボク、あまり将来のこととか考えないようにしてるんだ」
「なんで?」
「考えたって仕方ないからさ」

しばらくヒカルを見つめたあと、ケンジがすっくと立ち上がった。
「おまえに見せたいものがある。実はオレも最近知ったんだけどよ、おまえには見せておいたほうがいいと思うんだ」
「どこ行くの?」
「いいから、ついてこいって」
hikaru1861-1.jpg

"いこいの広場"から出ると、ふたりは通路を抜け、入り組んだ迷路のような船内を進んでいった。
「ファームへ行く」
「え? だってあそこは、許可がないと入れないんじゃ?」
「ちゃんと抜け道があるんだよ」
「でも、監視カメラはどうすんのさ」
「あんなもんダミーに決まってんだろ。このコロニーでドロボウするやつがいると思うか?」
「それもそうだね」
「まあ、正直いっちゃえばよ、オレは決められた食事量じゃぜんぜん足んねえから、こっそり盗み食いに入ったんだけどさ」

食糧倉庫の奥にエアダクトがあり、そこからファームへ出られるようになっているらしい。
狭いダクトの中を"ほふく前進"していると、家畜の臭いが次第に強まってきた。
「うっ、臭い!」
「ガマンしろ、ヒカル」
「ボクたち、こんな臭いものを食べてたのか」
「家畜の臭いっていうより、おおかた肥料の臭いだな。オレたちが出すおしっこやウンチを培養して作ってる」
「うそ!」
「それと、あまり言いたくねえんだけど、死んだ人間の肉体も、貴重な肥料になるんだ」
「うげ!」

ようやく灯りが見えてきて、ふたりはファームの広大な敷地に降り立った。 豚や鶏が鳴き声を上げ、農場には整然と野菜が並んでいた。
「あの奥の施設では、魚介類が養殖されてる。どうだヒカル、びっくりしただろ」
「うん・・・でも、なんで非公開にするわけ?」
「その答えは、あの白い施設にある」

ときおり無骨なロボットが餌や肥料を補充しにくるだけで、人の気配はまったくない。 それがなんだか、かえって不気味だった。
「残念ながら、あの施設には入れない。たまたま先日、コロニーのエライさんたちがやってきて、ドアを開けっぱなしにしてたから見ることができたんだが」
「あの中には、何があるの?」
「遺伝子研究所」
「遺伝・・・子?」
「ここにいる豚や鶏を普通に交配させてるだけじゃオレたちの食欲に追いつかない。だからクローンを作ってるのさ」
「・・・・・」
「魚や野菜、米なども、そうやって必要量をまかなってる」
「・・・それが、そんな大ニュース?」

ケンジが「ふう」とため息をつき、ヒカルをジロリと睨みつけた。
「食料だけじゃないんだよ、ここで作ってるのは」
「?」
「そもそもクローン技術ってのは、医療分野で発達した。20世紀後半あたりからさかんに研究が行われ、今じゃほとんど完璧にコピーが作れる」
「だから?」
「おまえは本当にトロいなあ。人間のクローンを作ってんだよ、ここで!」
「ふーん」
「ふーんって・・・」

畑にあったイチゴをひとつもぎ取り、ケンジがそれをパクリと口にほおばる。
「ねえケンジ、たしか人間のクローンは、人格までコピーできない。というか、人間として機能しないはずだったろ?」
「そのとおり。人間は神様じゃねえからな。ヒトを創るなんてできっこない」
「だったら、何のためにそんなことを?」
「臓器移植に使うのさ」
「ああ、なるほど」
「でな、ここのセンセたちは、ちょっと面白いことを考えた」
「面白いこと?」
「たまたま聞いちまったんだが、どうもここの連中、女を作るつもりらしいぜ」
「・・・女」
「ハルカさんのDNAを使って、本物の女を作っちまおうって計画だ」
「そんなこと、できるの?」
「さあ、そこまではわからない。でも、やんなきゃなンねえんだよ。このコロニーがいつまで宇宙をさまよってるかわからねえ現状じゃ、これは非常に深刻な問題だ」
「でも、クローンを作ったって、まともな人間にならないんじゃ」

ヒカルを壁に押しつけ、鼻がくっつきそうなほどケンジが顔を近づけてきた。
「痛い、何すんだよ!」
「オレたちの誰かが、その犠牲者になる」
「?」
「ここで暮らしてる若いヤツの何人かを女にすりゃ、子孫が残せる」
「あ・・・あははは」
「何が可笑しい」
「そんなの、できるわけないじゃん」
「できるかどうか知らねえが、やつらはその実験を本気でやろうとしてるんだ」
「でもさ、そもそもボクたちには子宮がないんだぜ」
「ハルカさんのクローンから、子宮を取り出すって方法がある」
hikaru2038-1.jpg

いきなり、ケンジがヒカルの服をすっぽり剥ぎ取った。
「な・・・何すんだよ!」
「華奢なからだ、女みたいな顔つき、無駄毛のないスベスベした白い肌・・・そして、おまえは成績が悪いから、他に使い道がないときたもんだ」
「こ、このやろ」
「まあ聞けって。たしかおまえ、来週の土曜に医務室へ行くって言ってたよな」
「ああ、それがどうした」
「なんのために行くか、聞いてるか?」
「なんでも、感染症にかかった疑いがあるからって、精密検査するとか言ってたけど」
「そんなこと、本気で信じてるのか」
「だって、医者が言うんだぜ」
「本当におまえは、おめでたいヤツだよ」
「・・・まさか」
「その、まさかだと思うね、オレは」

ずるずると壁を背に崩折れ、ヒカルの顔が蒼白になった。
「どうしたら、いい?」
「どうしようもないね。この狭いコロニーの中じゃ、逃げようにも逃げられない」
「だったら、なんでわざわざこんなところへボクを連れてきたのさ!」
「何も知らずに女にされちまうよりはマシかと思ってね」
「くっ・・・」
「ってのは冗談、なんとか助けてやるよ」
「本当?」
「あまり自信ねえけどな」
【2008/01/28 00:14】 | 小説 | トラックバック(1) | コメント(0)
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