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連載小説【走れエロス】8/8
エレベーターの扉が開くと、髭男爵が店の前に立っていた。
「店には入れるな。客が動揺する」
「じゃあ、どうします?」
髭男爵がズボンのポケットからキーを取り出し、セイジに投げ渡す。
「トランクに放り込んでおけ」

再びエレベーターに乗せられ、背後からナイフを突きつけられる。
「ちょっとでもヘンな動きしたら、これでブスッといくぞ」
勝ち誇ったように、セイジが前に回ってきて、私の髪をグイッとつかんだ。
「さっきはふざけたこと抜かしてくれよったな。誰が女装したいって? あ?」
セイジの耳に、ピアスが光っていた。
「俺には女が3人もいてる。みんな俺のイチモツが欲しゅうて、ケツ振りながらおねだりしよるんや。そんな俺が、女装なんかに興味あるわけないやろ」
うしろのひとりが、それを聞いてクスッと笑った。
「おまえの女っちゅうても、ソープ嬢とかキャバ嬢ばっかりやないか」
「・・・なんやとコラ、もういっぺん言うてみい」
尋常でない目つきで、セイジが背後の男を睨みつける。
「じ・・・冗談やんけ。マジになるなや」
不穏なムードが漂い、エレベーター内が息苦しい沈黙に包まれた。

エレベーターを出ると、ビルの裏手にある駐車場へ向かい、セイジがそこに停めてあったクラウンのトランクを開けた。
「入れ」
「・・・どこ、行くの?」
「さあな、俺も知らん。けど、地獄であることだけはたしかや」

そこに、シンヤがぬっと現れた。怒りで、鬼のような形相になっている。
「おんどれら、ひかるを放せ」
「シンヤくん! こいつら、ナイフ持ってるから気をつけて」
前のふたりがナイフをかざし、シンヤを取り囲むようにゆっくり移動する。セイジが私の髪をつかみ、首筋にぴたっとナイフを押しあててきた。
「ナイフやったら、俺も持ってるで」
シンヤが薄笑いを浮かべ、ジーンズの尻ポケットからバタフライナイフを取り出し、器用に刃を開いて見せた。
「バカな真似はやめて。3人相手に勝てるわけないでしょ」
「ンなもん、やってみんとわかるかい」
「あほ! カッコつけてる場合か! それより早よ警察呼んできて」
「俺は、ポリとヤクザが大嫌いなんじゃ」
なんでこう、血の気の多い連中ばっかりやねん・・・

そのときだ。
髭男爵が拳銃を構え、ワゴン車の陰からひょっこり出てきた。
「兄ちゃん、ヤッパ捨てろや」
「ちぇっ、飛び道具とは卑怯なりぃ、ってか」
ナイフを、足元にぽとりと落とす。すかさずウエイターがそれを拾い上げた。

「ふん、ええ度胸しとるやないか」と、髭男爵がにやりと笑う。
「こう見えても族のアタマ張ってるからな。こんなんでビビってたら、気性の烈しい族の連中に示しがつかん」
「どうせ誰も見てへんのや。そこに手ェついて詫びを入れたら、おまえだけは許してやってもええぞ」
「けっ、冗談は顔だけにしとけや。誰がおんどれなんかに頭下げるかい」
「そうか、ほな死ねや」
「おーっと。その前に、周りをよう見てみろ」
シンヤが指笛を鳴らすと、いっせいにバイクの轟音が響き、強烈なヘッドライトが次々に点灯した。まぶしくて目が開けていられない。
「飛び道具を持ってるのは、何もおっさんだけやないで。俺の仲間が、あんたの心臓に狙いをつけてる。命が惜しかったらチャカ捨てんかい」
「そんなこけおどしが通じるとでも思ってんのか」
「あ、そ。ほんなら証拠見せたる。おーいタカ、チャカ1丁持ってきてくれや」
ひとりが歩いてきて、シンヤに何かを手渡した。
「いまどきの族はチャカくらい持ってるで。まあ、めったに使わんけどな」
グッと拳銃を突き出し、髭男爵の頭部に狙いを定めた。
「わ・・・わかった。銃を捨てる」

シンヤが歩いてきて、セイジをぎろりと睨みつけた。
「おまえ、さっきひかるを殴ったやろ。ちゃんと見とったんやで」
「・・・・・」
「抵抗できんやつしか殴られへんヘタレが」
ドスッとシンヤの拳がみぞおちにめり込み、セイジの目がくるりと裏返った。
「ほな行こか」
「うん・・・」
「どうした?」
ふてくされたような顔で突っ立っている髭男爵のほうを見た。
「秘密クラブで働くのを断っただけやのに、なんで殺そうとしたんですか」
「おまえが、大御所を怒らせたからや」
「たったそれだけの理由で?」
「おまえは、大御所の逆鱗に触れるようなことをしでかした」
「断っただけで逆鱗に触れるなんて、そんなムチャクチャな話ってある?」
「そうやない。うちのチーフと大御所は古くからの恋仲なんや。そのチーフが大御所に直訴した。俺がおまえをシャンゼリゼに入れようと企ててるから、なんとかそれをやめさせてほしいってな。ところがこれが見事に逆効果。大御所はおまえに烈しく嫉妬した。それで、おまえをなんとかシャンゼリゼに引き込み、言いがかりをつけて始末するつもりが、おまえがあっさり断ったもんやから話がややこしくなってしまった」
「・・・・・」
「さっきチーフが、わざとおまえを逃がそうとしてるのを見て問いただしたんや。あんな猿芝居、誰が見てもわかるからな。それで真相を知った」
「・・・チーフは、なんで私が秘密クラブに入るのを阻止しようとしたの?」
「一度入ったら、死ぬまで出てこれんからや」
「そんな、アホな」
「当たり前やろ。秘密厳守が売り物のクラブなんやぞ。男娼どもがホイホイ外出しとったら、顧客なんかひとりもおらんようになってしまうわ」
「じゃあ、年収1千万ってのは」
「有能な人材にだけ、ある程度の自由が与えられる。俺は、おまえがその適任者と睨んだ。その場合、もちろん報酬は支払われる」
「私に、何をさせるつもりやったん?」
「簡単にいうとスカウトやな。顧客の要望を聞いて、ぴったりの人材を全国から探してくる。おまえには、なぜか人を引きつける力がある。それを最大限に生かせば、シャンゼリゼの幹部として一定の地位を築ける」
「どっかのテロ支援国家やあるまいし、誰がそんなこと引き受けるか!」
「その場合は、死ぬまで顧客の慰み者として働いてもらうだけや」
「・・・やっぱりヤクザなんて、クズの集まりやね」
「違うな。俺らはただ、世の中のニーズに応えてるだけや。言い換えれば、世の中が俺らを必要としてる。つまり、クズは世の中のほうなんじゃ」
「そんなの詭弁や」
「まあ、今となってはそんなことどうでもええ。もうおまえとは二度と会うこともないやろう」

「行こう」といって、シンヤが私の肩に手を載せてきた。
「今日限りで、うちのグループは解散する。いつまでもこんなアホなことやってられんからな」
「解散って・・・ホンマにできるの? 拳銃まで持ってるのに」
「ああ、これか? よう見てみい。サバイバルゲーム用のエアガンや」
「・・・こんなもんで、本物のピストルに対抗したわけ?」
「バイクのハイビーム受けてたから、あいつらにはこれがオモチャのピストルってことはわからん。そこまで考えての行動や」
「賢いのかアホなのか、ようわからん」
「結果オーライじゃ。たまにゃこんな大バクチ打たなアカンときもあるわい」
hikaru3181-1.jpg
翌週、ルミ子ママのお店へ行くと、顔中に絆創膏を貼りつけたシンヤくんがスツールに座っていた。
「なんで、ここがわかったん!」
「ネカフェで女装関係のサイトを片っ端から検索してたら、この店の掲示板におまえの名前が載ってた」
「・・・その怪我は、どうしたん?」
「族を解散したんや。アタマとして、ケジメだけはつけとかんとな」

奥の更衣室から、とびっきり派手な衣装とメイクの明菜さんが出てきた。
「あ~らひかるちゃん、会いたかったわ」
「げっ!」
「ん? こっちのイカすお兄さんは?」
「あ・・・ああ。私のお友だち、シンヤくんです」
「いい男ねえ。私にも紹介してよ」
ヤクザに拳銃やナイフを突きつけられても動じなかったシンヤくんが、隣で完全に血の気を失っていた。

ふと見ると、カウンターの端っこに大きな花束が置いてある。
「ママ、今日は誰かの誕生日?」
「それが私にもようわからんのよ。さっき宅配の人が届けてくれたんやけど、差出人を見ても大御所としか書いてないし・・・きっと誰かのイタズラやね」
それを聞いて、私とシンヤくんが同時に固まった。

「大御所って、もしかして」と、明菜さんが怪訝そうな表情を浮かべた。
「さ、そんなことどうでもいいから、3人で乾杯しましょ」
かちんとグラスを鳴らし、ビールをひと口飲む。緊張していたせいか、なかなかビールが喉を通らなかった。

そこに、常連の女装さんが入ってきた。
「ひかるちゃん、おひさしぶり。先週来てたんやってね」
いちばん手前のスツールに座り、シンヤくんと明菜さんをチラチラ見てる。
「あら? ママ、その花束どうしたの?」
「ああ、これね。誰かのイタズラちゃうかって今話してたトコなんよ」
「そんな花、よう見つけてきたもんやわ」
「どういう意味?」とママ。
「濃い赤色のバラなんて、普通の花屋さんじゃ扱ってないもの」
「・・・・・」
「そのバラの花言葉はね、死ぬまで憎みます、よ」
「それホンマ? くそ・・・なんちゅう縁起の悪いイタズラしやがるんや」
ママがバラの花束をつかみ、ゴミ箱に放り込もうとして、一瞬手を止めた。花瓶から引き抜いたバラの花束から、赤い水がしたたっていた。束ねていたひもをほどき、おそるおそるカウンターに広げる。
ころん、と人間の指が出てきた。
「うわっ!」

明菜さんが白くふやけた指をつまみ上げ、丹念に眺め回す。
「これは、男の指やな。しかも、かなりでかいやつや」
心当たりは、ただひとり。
「ママ、配達人はどんなヤツやった?」
「・・・そういえば、宅配の人には見えんかったな。黒いスーツを着た若い男の人で、あ、そうそう、耳に金のピアスしとったわ」
「受け取り伝票、ちょっと見せてくれへんか」
「ここにあるけど・・・とにかく、早よそんなもん捨ててきてほしいわ」
それを無視し、明菜さんが受け取り伝票をじっくり調べる。

「店名と住所、それと差出人欄に大御所と書かれてるだけや。いや待てよ、裏側にちっちゃい字で何か書いてある。ええっと・・・ひ・か・・・」
読み上げるのを中止し、そのまま自分のバッグにしまい込んだ。
「明菜ちゃん、何が書いてあったの?」と、ママ。
「いや、何も書いてへんかった。こんな縁起でもないもん、早よ始末しとこ。俺が外のゴミ箱に捨ててきたるわ」
「明菜ちゃん、俺なんて言うたらアカンでしょ。けど、冷静に考えたら、やっぱり警察に連絡したほうがええかな」
「ポリなんか呼んだら根掘り葉掘り聞かれるで。それでもいいならどうぞ」
「・・・それはちょっと面倒やな。わかった、捨ててきて」

おしぼりで指をくるみ、明菜さんが立ち上がったので、私も一緒に立ち上がった。シンヤくんも同時に立ち上がる。
エレベーターの中で、3人とも無言だった。
1階に着いて出ようとすると、すかさず明菜さんが私たちを制止した。
「ここにいろ。俺が様子を見てくる」
10秒ほどして、明菜さんが戻ってきた。「ええぞ」

ビルの横にある大きなゴミ箱に、明菜さんがおしぼりを投げ入れた。
「さっきの紙、なんて書かれてあったんですか」
「・・・見んほうがええ」
「見せてください」
渋々、明菜さんが受け取り伝票を差し出す。
ひっくり返すと、下のほうに小さな文字でこう書かれていた。
《ひかるに黒薔薇の接吻を》
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テーマ:自作連載小説 - ジャンル:小説・文学

【2009/09/13 15:23】 | 小説 | トラックバック(1) | コメント(1)
連載小説【走れエロス】7/8
バイクにまたがり、シンヤがエンジンをかけた。ぐおん!
「うっるさ!」
「あほけ、この音がシブいんやないか」
「こんな深夜に爆音鳴らして、ドス持ったヤーサンが出てきてもしらんで」
「それがわかってるんやったら、早よ乗れ」
「でも私、こんな服着てるから」
「横座りしたらエエがな」
「そっか」
シンヤの胴に手を回し、後部座席に脚を揃えて腰かけた。

法定速度を順守しながら、改造バイクが深夜の国道を粛々と走る。
といっても、ふたりともノーヘルだし、マフラーもナンバープレートもない。お巡りさんに見つかったら速攻タイホだ。
「どこ行くんや」
「新地まで行ってくれる?」
「おまえ、もしかして新地でホステスやってんのか」
「ははは、まさか。ちょっと行かなあかんトコがあるんよ」
「こんな時間に?」
「まあね」

新地の歓楽街を目前にした場所で「ここでいい」といってバイクを降りた。
「何もこんなトコで降りんでも、新地まで行ったるのに」
「ここでいいねん」
バイクを降りると、客待ちしてるタクシーの行列のほうに歩いていった。
「シンヤくんも一緒に来て」
「言われんでも、ついていくで」

2時間ほど前、ここで乗ったタクシーと同じ形のものを見つけると、運転席のほうに回って「すいません」と声をかけた。
「おたくのタクシー、さっき暴走族に襲われてメチャクチャにされたでしょ」
「そうみたいやな。ホンマひどいことしよるで」
「その犯人がこの人です」といって、うしろに立ってたシンヤを指差した。
「お・・・おいおい!」と、シンヤが慌ててあとずさりする。
「私も共犯なんです。そやから、修理代を弁償しようと思って」
タクシーの運転手がぽかんと口を開け、私とシンヤを交互に見比べていた。

「窓ガラスを全部割っちゃったから、その修理代と運賃を払います」
根本さんからもらった封筒を取り出し、中から1万円札をひとつかみして、「これで足りますか?」といって運転手さんに差し出した。
「ち・・・ちょっと待って。ホンマに、あんたらがやったんか?」
「実行犯はこの人の仲間ですけど、私が暴走族を挑発したからこうなったわけで、そういう意味では私が主犯みたいなもんです」
「・・・・・」
「とにかく謝ります。ごめんなさい」
「ボクに謝ってもろてもなあ。被害に遭った乗務員は警察に行ってるし」
「シンヤくんも、そんなトコでボケ~っと突っ立ってんと、ちゃんと謝りなさい」
「あ・・・す、すんませんでした」
さらに札束をつかみ出し、運転手さんに手渡すと、その場をあとにした。

ネオン街に入ると、シンヤが慌ててあとを追いかけてきた。
「あんな大金、どうしたんや」
「修理代、あれで足りたやろか」
「十分すぎるわい。パッと見たとこ50万くらいあったんちゃうか」
「そうか、よかった」
「俺の質問に答えろよ。あの金、おまえのか?」
「いちおうね」
「・・・おまえが払う必要はない。あの50万は、必ず返す」
「いいって別に」
「そうはいくかい。男としてメンツが立たん」
「あら、私も男やけど」
「・・・とにかく、金は必ず返すからな。まあ、すぐにそんな大金払えんけど」

くるっと振り向き、シンヤの顔をまじまじ見つめた。
「返してなんかいらんよ。その代わり、もう二度とあんなことしないで」
「あんなことって?」
「みんなの迷惑になるような運転せえへんって約束して」
「そ・・・それは」
「あ、そ。しょせんその程度の男ってわけやね。ほいじゃバイバ~イ」
「ちょっと待ってくれ! わかった、もう二度とあんなアホなことはせえへん。約束する。そやから」
「そやから?」
「・・・俺と、ダチになってくれへんか」
「やだべ~。暴走族の友だちなんかいらんわい」
「もうせえへんって言うてるやないか。けど、バイクで走るのだけは大目に見てくれへんか。俺から走るの取ったら何も残らへん」
「まあ、それくらいやったら許したるか」
p0191.jpg
JUNのあるテナントビルのエレベーターに乗ると、シンヤもついてきた。
「ついてこんでいいってば」
「いいや、おまえが何と言おうと、俺はついていくで」
「今から行くトコ、ヤーサンのお店やけど」
「そんなもん、関係あるかい」
「とか何とか言うて、ホンマはビビりまくってるんちゃうの」
「あほけ!」

ドアの前に、数時間前に私が手をガブリとやったウエイターが立っていた。
チラッと見ると、歯型がクッキリついてる。
「オーナーがお待ちかねです。さ、どうぞ」といって、ドアを開けてくれた。シンヤがあとに続こうとして、ウエイターがすかさず制止した。
「失礼ですが、あなたは?」
「ひかるのダチや」
「・・・お友だちが一緒とは聞いておりませんが」
「今、聞いたやろが」
ウエイターが、怪訝そうな表情で私を見る。
「彼も入れてあげて。でないと、私もこのまま帰らせてもらいます」
「・・・わかりました」
ウエイターを睨みつけながら、シンヤが私のあとに続いた。

さっきより客数は増えていて、ずいぶん賑やかだ。ステージでは、ピアノの生演奏に合わせ、絢爛豪華なドレスを着た男性歌手がシャンソンを歌っていた。タコボウズの姿が見えない。きっと海に還ったのだろう。
ウエイターに案内され、いちばん奥のボックス席に通された。ふかふかのソファに体を沈め、ふたり並んで腰かける。飲み物のオーダーを尋ねてきたので、なんでもいいと答えた。
他のボックスでは、きれいどころが客にしなだれかかり、タバコに火をつけたり水割りを作ってあげたりしていた。

ぼんやり歌を聴いていると、ウエイターが高級ブランデーとグラス、アイスペールなど運んできて、てきぱきと水割りを作り始めた。このウエイターにも見覚えがある。タコボウズと一緒に私をつかまえようとしたヤツだ。
「なあひかる、ここ、高そうやな」
「心配せんでええよ。軍資金はたっぷりあるから」
「・・・すまん」
封筒には、まだ50枚ほど1万円札が残ってる。それで十分足りるだろう。
かちんとグラスを鳴らし、とりあえずふたりで乾杯した。

シャンソン歌手が歌を終え、まばらな拍手を受けながらステージから降りてきた。そのまま、私たちのボックスに向かって歩いてくる。
「失礼、同席させてもらいますよ」
スパンコールの派手な衣装に、ビシッと撫でつけられた髪、胸元から白い肌を大胆に晒し、大きなダイヤの指輪を両手の薬指に填めていた。男とも女ともつかぬ不思議な声で、年齢さえはっきりしない。
「あなた、可愛いわねえ」
「ありがとです」
「お連れの方は?」
「友だちです」
「そう、たのもしそうなお友だちだこと」
それにしても、髭男爵はいったいどうしたんだろう。呼びつけておいて、待たせるなんてサイテーだ。

「私はフランソワーズ、ときどきここで歌わせてもらってるの。あなたはシャンソンお好きかしら?」
「いえ、あまり聴いたことないです」
「シャンソンはいいわよ。きっとあなたも好きになるわ」
「はあ・・・」
このオッサン、いったい何者?

そこに、ようやく髭男爵が現れた。店の外からやってきたことから察するに、どこか食事に出ていたのかもしれない。ハンカチで汗を拭き拭き客席を縫うようにしてやってくる。近くまで来て、私たちの向かい側にシャンソン歌手がいることに気づいたのか、あわてて居住まいを正してお辞儀した。
「こんなところにいらっしゃるとは夢にも思わず、大変失礼いたしました」
・・・これは、どういうこと?
歌手風情にオーナーが頭を下げるなんて、なんかおかしくね?

「いいのよ。それよりあなた、また少しお太りになったんじゃないの?」
「はは、恐縮です」
シンヤのほうを見て、髭男爵の顔がにわかに険しくなった。
「ひかるくん、そちらの男性は?」
「友だちです」
ソファの背にふんぞり返り、シンヤが髭男爵をじろりと睨みつける。

「大御所、こんなところでは何ですから、どうぞ奥のVIPルームのほうへ」
「ここでいいわ。こちらのお嬢ちゃん、ひかるっていう名前なの?」
「はい、これからひかるくんと込み入った話をしようかと」
「込み入った話、ねえ」
見たことのない銘柄のタバコをバッグから取り出し、シャンソン歌手が流麗な手つきで1本引き抜くと、すかさず髭男爵がデュポンで火をつけた。

「さてはあなた、この子をシャンゼリゼに引き入れるおつもりね」
「さすが大御所、何もかもお見通しのようで」
優雅に煙を吐き出し、シャンソン歌手がまとわりつくような視線を送ってきた。
「ひかるちゃん、この人はね、あなたをシャンゼリゼというお店に雇い入れるつもりらしいの。あなた、こういうお店で働いた経験はおあり?」
「いえ、ありません」
「シャンゼリゼというのは、いわゆる秘密クラブ。政財界や芸能界、スポーツ界などから、そうそうたるメンバーが名を連ねてる。なぜそんなものを作ったかというと、こうした有名人にとって、スキャンダルは命取りになりかねないの。だから、一般人の入店を完全にシャットアウトし、場所さえ明らかにせず、秘密裏に営業されてる。知ってるのは、高額の会費を払ってる会員だけ」
「・・・そんなお店に、なんで私が」
「詳しいことは、オーナーにお聞きなさい」

髭男爵が、じろりとシンヤを睨んだ。
「その前に、部外者に席をはずしてもらいましょうか」
「俺は部外者なんかやないぞ。ひかるのれっきとしたダチなんじゃ」
ぽんぽんと髭男爵が手をたたくと、タコボウズがやってきた。
海に還ったんじゃなかったのか・・・

「こちらのお客さまがお帰りや。丁重にお見送りして差し上げろ」
「ふざけやがっ・・・」
髭男爵の手に、黒光りする拳銃が握られていた。
「おとなしく、立ってもらおか」
シンヤのことだ。相手が拳銃を持っていても反抗するかもしれない。

「シンヤくん、外で待っとって」
「けど、ひかる」
「私は大丈夫。ちょっと話を聞くだけやし」
「冗談やろ。こいつら拳銃持ってるんやぞ。話だけで済むわけないやろが」
「いいから、お願い、言うとおりにして」
「・・・わかった。そこまでひかるが言うなら、しゃあないわ」

シンヤが出ていくと、髭男爵がテーブル越しにグッと顔を近づけてきた。
妙に緊張する。
「有名人やからって、普通のバーに行けんわけやない。実際、そうしてる有名人のほうが圧倒的に多いからな。けどそれは、単に飲みに行く場合に限られる。有名人かって人間や、たまには羽目を外したくもなる。普通のサラリーマンなら、会社帰りにセクキャバやソープに寄って一発抜くこともできるが、有名人はそうもいかん。ホテトル嬢を呼んで楽しめば、そのホテトル嬢が有名人と寝たことを言いふらしよる。週刊誌に売り込むやつまでいる。それくらい、有名人ってのは窮屈な思いをしてるんや」
「・・・・・」
「それでも、女好きはまだマシや。運悪く写真誌にスッパ抜かれたとしても、魔が刺しましたと言えばそれで済むからな。男なら、それくらいあって当然やと思われる。けど、相手が男ならどうか。まさに大スキャンダルや。せっかく苦労して築きあげた地位が、あっという間に崩れ去ってしまう。実際、同性愛ということが発覚して、永久追放されてしまったプロスポーツ選手もいる。そんな人たちの切なる願いを叶えるため、俺らが秘密クラブを作った。これは民間企業じゃ絶対できん。裏社会に精通してる人間でないと、実現にはこぎつけんかったやろう。ヤクザは裏社会、そんな俺らやからこそ、なしえることができた。それに、政財界や芸能界に太いパイプがあったこともさいわいした」

すごい話を聞いてしまった。
たしかに、有名人の中にも同性愛の人はいる。あのフレディ・マーキュリーだって同性愛をカミングアウトしているのだから。

「顧客の中には、ニューハーフじゃなきゃアカンという人もけっこういる。だからってショーパブに行けるか? 行けるわけがない。そんなことをしたら週刊誌のかっこうの餌食にされてしまう。デリヘルも同様や。そういう連中は、自分にハクをつけるため誰それと寝たってことを平気でPRしよるからな」
「でも私、ニューハーフじゃありません。ちゃんとオチンチンついてるし」
「それがいいという顧客もたくさんいる。いやむしろ、ニューハーフより需要は高い。見た目は可愛い女の子やのに、股間には自分と同じモンがついてる。そんなところに魅力を感じるらしい」
「わからないのは、なぜ私にそんな話を持ちかけたかってことです」
「きのう、おまえの素性を調べさせてもらった。長田がおまえのケータイを持ってたからな。母親は3年前に他界、父親はおまえが13歳のときに離婚し、数年後に再婚。兄弟もなし。結婚もしてない。住んでるところは会社から1駅離れたところにある小さなワンルームマンション。仕事は事務機販売、メンテナンスなど。年収およそ450万。友人づきあいはあまりなく、週末の女装バー通いが唯一の楽しみ」
「・・・・・」
「なにより、おまえには独特の愛嬌がある。そして献身的や。うちの組のアホを助けるため、危険を顧みず単身ここに乗り込んできたくらいやからの。おまえなら、うちの顧客も十分満足してくれるやろう」
「ちょっと待ってください。そんな勝手にポンポン決めんとってほしいわ」
「年収は、おまえなら1千万や2千万は軽く稼げるはずや」
「無理です。私なんか、ぜんぜん可愛くないし」
「見た目の可愛さより、人柄のほうが重宝される。相手は美男美女がウヨウヨいる芸能界・財界で生きてるんや。そんなもんは見飽きとる」
「なんか、素直に喜ばれへんのですけど」
「おまえには不思議なオーラがある。うちの組の連中をはじめ、さっきのチンピラも、おまえに好意を持ってるようやったしな」
「シンヤくんとは、単なる友だちです」
「うちのチーフも、おまえのことが気になって仕方ない様子やった。不器用な男やからあえて口にはせんけど、見ていたらわかる」
「チーフって、あのタコボウズ?」
「ふふ、タコボウズか。うまいこと言うやないか」

年収1千万はたしかに魅力だ。それに、有名人を相手に働くというのも夢のような話ではある。でも、結局ヤクザに雇われることに変わりはない。
それに、この話には、何かキナ臭いものを感じる。

「身に余るありがたい話ですけど、やっぱり私にはできません」
「・・・断るつもりか」
「はい、申し訳ありません」
「それが、どういうことか、よぉく考えたほうがいいぞ」
「いくら考えても、答えは同じです。私は、小さな女装バーでつつましやかに楽しんでるほうが性に合ってるんです」

シャンソン歌手が、どんっとテーブルをたたいた。
「私たちの誘いを断ったおばかさんは、あなたが初めてだわ」
「・・・・・」
「この話を聞いて、そのまま帰れるとお思い?」
「・・・どういうことですか」
「生きて帰さない」
これだから、ヤクザなんて大嫌いだ。

隙を見てソファから立ち上がり、一目散に出口に向かって駆けた。
「チーフ、そいつを捕まえろ!」と、髭男爵が叫んだ。
巨体が、私の前に立ちはだかる。構わず押しのけて行こうとすると、両腕をぎゅっとつかまれた。
「お願い、逃がして」
タコボウズが一瞬ちゅうちょし、耳元でこう囁いた。「スネを蹴れ」
言われたとおり、タコボウズのスネを少し蹴った。
「あいてっ、このオカマ野郎!」
派手に転倒し、スネを抱えて転げ回る。タコボウズが邪魔で、ウエイターたちが追ってこれない。
ドアを開け、階段を駆け降りる。パンプスのヒールが高くて走りにくい。うしろから、ウエイターたちの足音が迫ってきていた。

1階に着くと、ちょうどエレベーターの扉が開き、手に歯型のついたウエイターが出てきて私に襲いかかってきた。
「この野郎!」
髪の毛を鷲づかみにし、そのまま押し倒される。
「痛い! 放せ、こんちくしょう」
3人がかりでエレベーターに押し込まれ、扉が閉まると同時に腹を殴られた。うずくまる私を強引に引き起こし、さらにもう一発、腹を殴られる。胃液がごぼごぼ出てきて、鼻の奥がつうんとなった。

歯型ウエイターが私の胸倉をつかみ、ものすごい形相で睨みつけてきた。
「おまえに敬語を使わなあかんかったことが、どんなにくやしかったか」
ひざで、太ももを思いきり蹴られる。
「ぎゃ!」
「このヘンタイ野郎が・・・俺はおまえみたいなやつが大嫌いや。男のくせにこんなかっこうしやがって、見てるだけでムカついてくるんじゃ!」
ぱん、ぱん、と平手で頬を殴られる。
「おいセイジ、もうやめとけ。エレベーターが着くぞ」

何年も女装してると、男性の考えてることが何となくわかるようになる。
男性の視点からでは、絶対に見えないもの。

「・・・セイジくん、ホントは女装したいんでしょ」
「な・・・」
「私たちに、過剰反応する人って、たいていそうなんよね」
「黙れ! 黙らんと・・・」
「ホンマに興味ない人は、そんな反応、せえへんもん」
殴りかかろうとするセイジを、あわてて2人が制した。
「セイジ、ええ加減にせえや。ほら、エレベーターが着いたぞ」
エレベーターのドアが、ゆっくり開く。
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【2009/09/04 22:01】 | 小説 | トラックバック(0) | コメント(0)
桃猫(pink-cat)のお部屋


普段の私は「オトコ」として生活してます。といっても、こんな長い髪してますから、相当怪しいヤツと思われてるかも・・・でもいいんです。そういうの好きだから。

プロフィール

pink-cat

Author:pink-cat
はじめまして♪
私、桃猫(pink-cat)が書いた小説と写真です。どうかご覧ください。

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